源平合戦5人
平
1118年〜1181年・平家の棟梁・太政大臣平清盛武士として初めて太政大臣にのぼり、娘を天皇の后にして、一門で国の半分を握った。その死から4年で、平家は海に消えた。
院1127年〜1192年・天皇・上皇後白河天皇(法皇)清盛・義仲・義経・頼朝と、武士たちを次々に操り、また操られながら、30年あまり院政を続けた。頼朝は「日本一の大天狗」と呼んだ。
源1147年〜1199年・鎌倉幕府を開いた源頼朝14歳で伊豆に流され、20年を流人として過ごした。34歳で兵を挙げ、自らはほとんど戦場に出ずに、武士の政府をつくった。
旭1154年〜1184年・朝日将軍木曾義仲(源義仲)信濃の山奥で育ち、平家を真っ先に都から追い落とした「朝日将軍」。都でつまずき、わずか半年で討たれた。
源1159年〜1189年・頼朝の弟・名将源義経(牛若)一ノ谷・屋島・壇ノ浦と、わずか1年あまりで平家を滅ぼした天才。兄に追われ、31歳で奥州に散った。
南北朝(太平記)4人
菊
?〜1336年・河内の武士楠木正成河内の小さな武士が、わずかな兵と山城で幕府の大軍を翻弄した。最後は、勝てないとわかっていた湊川へ向かった。
菊1288年〜1339年・天皇・南朝後醍醐天皇2度の倒幕の計画に失敗し、島に流されても、あきらめなかった。鎌倉幕府を倒した天皇は、3年で京を追われ、吉野で生涯を閉じた。
菊1301年〜1338年・上野の武士新田義貞上野の一武士から、わずか半月で鎌倉幕府を滅ぼした。その後は同じ源氏の足利尊氏と戦い続け、北陸で倒れた。
足1305年〜1358年・室町幕府初代将軍足利尊氏(高氏)鎌倉幕府を裏切って倒し、後醍醐天皇を裏切って室町幕府を開いた。晩年は、最も信じた弟と戦うことになった。
戦国11人
斎
1494年〜1556年・美濃国主斎藤道三主家を追って美濃を奪った「下剋上」の代名詞。最期は実の子に討たれ、国は娘婿の信長に引き継がれた。
1497年〜1571年・毛利氏当主毛利元就安芸の山あいの小さな国人から、知恵と謀りごとで、中国地方の10か国をまとめた。
1519年〜1560年・今川氏当主今川義元駿河・遠江・三河を治めた「海道一の弓取り」。桶狭間のただ一度の敗北で、その名は弱い大名の代名詞にされた。
1521年〜1573年・甲斐の戦国大名武田信玄父を追って甲斐の主となり、信濃を奪い、京をめざして西へ動いた。その途中で病に倒れた。
1530年〜1578年・越後の戦国大名上杉謙信自らを毘沙門天の化身と信じ、「義」をかかげて戦い続けた越後の龍。生涯で70の戦いに出たともいわれる。
1534年〜1582年・天下人織田信長尾張の小さな大名から、10年あまりで天下の半ばを手に入れた。あと一歩のところで、家臣に討たれた。
1537年〜1598年・天下人・関白・太閤豊臣秀吉名もない身から信長に取り立てられ、主君の死からわずか8年で、日本をひとつにまとめた。
1543年〜1616年・天下人・江戸幕府初代将軍徳川家康人質の少年時代から、待って、負けて、耐えて、最後に天下を取り、260年続く世をひらいた。
1560年〜1600年・五奉行石田三成秀吉の天下を、算盤と筆で支えた。主君の死後、豊臣家を守ろうと家康に挑み、関ヶ原で敗れた。
1567年〜1636年・仙台藩祖伊達政宗18歳で家を継ぎ、わずか5年で南奥州を制した。生まれるのが遅すぎた「独眼竜」は、天下人たちの間を70年近く生き抜いた。
1567年〜1615年・真田昌幸の次男真田信繁(幸村)人生の大半を人質と流罪で過ごし、最後の1年で「日本一の兵」と呼ばれた。
幕末維新6人
1828年〜1877年・薩摩藩士西郷隆盛2度の島流しから戻って倒幕をなしとげ、新しい政府の柱となった。最後は、故郷の士族を率いて政府と戦い、城山に散った。
1830年〜1878年・薩摩藩士・明治政府の中心大久保利通西郷の幼なじみ。倒幕のあとは新政府の中心で国の形をつくり、その西郷と戦い、翌年に斬られた。
1833年〜1877年・長州藩士木戸孝允(桂小五郎)剣の達人なのに、斬り合いを避けて逃げ続けた。生きのびて長州を導き、新しい国の約束を文章にした。
1836年〜1867年・土佐藩脱藩浪士・海援隊隊長坂本龍馬土佐の郷士の次男が藩を抜け、敵どうしだった薩摩と長州をつないだ。新しい世を見ることなく、32歳で斬られた。
1837年〜1913年・15代将軍徳川慶喜「家康の再来」と恐れられた最後の将軍。自ら政権を返し、戦わずに身を引いて、大正の時代まで生きた。
1839年〜1867年・長州藩士・奇兵隊創設者高杉晋作身分を問わない奇兵隊をつくり、わずかな兵で藩をひっくり返した。新しい世の夜明けを前に、29歳で病に倒れた。
三国志9人
呂
?〜198年・飛将呂布天下に並ぶ者のない武勇を持ちながら、主君を2度殺し、居場所を転々とした。最後は曹操に捕らえられた。
袁?〜202年・冀州牧・大将軍袁紹4代続けて最高の官職を出した名門に生まれ、華北の4州を手にした最大の群雄。官渡の一戦で、すべてを曹操に奪われた。
曹155年〜220年・魏王・丞相曹操宦官の家に生まれ、皇帝を手もとに迎えて、中国の北半分を治める魏王になった。「乱世の奸雄」と呼ばれた男。
劉161年〜223年・蜀漢の初代皇帝劉備むしろ売りから身を起こし、負けては逃げ、人を頼って生きのびた。50歳を過ぎて蜀を得て、皇帝になった。
劉?〜219年・劉備の義兄弟・前将軍関羽劉備と兄弟のように生き、敵の曹操にも認められた豪傑。死んだあとは神となり、いまも世界中の関帝廟にまつられている。
孫175年〜210年・呉の大都督周瑜美しい姿と音楽の才で「美周郎」と呼ばれた呉の将。赤壁で曹操の大軍を焼き、36歳で世を去った。
曹179年〜251年・魏の太傅司馬懿(仲達)曹操・曹丕・曹叡・曹芳の4代に仕え、70歳でクーデターを起こした。三国の最後の勝者は、この男の一族だった。
劉181年〜234年・蜀漢の丞相諸葛亮(孔明)天下を三つに分ける策を描き、亡き劉備に託された国を背負って、最後まで北へ兵を出し続けた。
孫182年〜252年・呉の初代皇帝孫権19歳で兄の後を継ぎ、曹操とも劉備とも、戦い、結び、また戦って、江南の呉を50年守った。