歴史の読み物 ─ 勢力図のデータで見る歴史
歴史地図の勢力図と合戦絵巻のデータから、戦国大名の勢力の大きさ、三国の人口の取り分、少ない兵が大軍に勝った合戦などを読み解く記事です。
戦国大名の勢力は、どこまで大きくなったか ― 石高で見る天下統一戦国勢力図の90の地域に慶長3年の国石高を当てはめ、勢力ごとに支配した石高を月ごとに足し上げました。織田・豊臣・徳川の天下人と、北条・島津・毛利などの大大名が、全国の何割まで届いたのかを比べます。魏・呉・蜀は、どれだけの土地と人を押さえていたか三国志勢力図の74の地域に、後漢の郡国志(140年ごろ)の人口を当てはめ、袁紹・劉表・劉璋から魏・呉・蜀まで、各勢力が押さえた土地の重みを年ごとに数えました。「天下三分」の実際の比率が見えてきます。少ない兵が大軍に勝った合戦合戦絵巻の102の合戦から、記事の上で勝った側が明らかに兵の数で劣っていた11の戦いを選び、両軍の兵力と勝ち方を比べました。奇襲、地形、天候、寝返り、火攻めなど、少数の側が使った手を整理します。
どうやって数えているか
歴史地図の勢力図は、地図を地域に分け、月ごとに「その地域をおもに支配していた勢力」を記録しています。戦国の地図では各地域に慶長3年(1598年)の国別の石高を、三国志の地図では『後漢書』郡国志(140年ごろ)の郡ごとの人口を当てはめ、1か月ずつ勢力ごとに足し上げました。どの勢力が、いつ、全体のどれだけを押さえていたかを、同じ物差しで比べられます。
石高や人口は、その時代の実際の数字ではなく「押さえた土地の重み」の目安です。地域の分け方や、家臣の大名を主家と同じ色で数えるといった地図の決まりごとも数字に表れます。それぞれの記事の最後に「この記事の数字について」として、数え方のくせをまとめています。合戦の兵力は、合戦絵巻の各ページに出典ごとの説の幅を載せています。
地図そのものは歴史地図から、合戦の流れは合戦絵巻から見られます。市町村合併をデータで見る記事はまちの系譜の読み物にあります。