平

源平合戦 勢力図の人物

平清盛たいらの きよもり

1118年〜1181年(数え64歳) / 平家の棟梁・太政大臣 / 平氏(伊勢平氏・平家)

武士として初めて太政大臣にのぼり、娘を天皇の后にして、一門で国の半分を握った。その死から4年で、平家は海に消えた。

武士として初めて政権を握った。日宋貿易や福原遷都など、新しい国づくりを目指した。

平氏の勢力

運命の分かれ目

  1. 1156年7月39歳

    保元の乱

    鳥羽法皇の死後、崇徳上皇と後白河天皇が争うと、清盛は源義朝とともに後白河天皇の側について、上皇方を夜襲で破った。朝廷の争いを、武士の力が決めた最初の戦いだった。

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  2. 1159年12月42歳

    平治の乱

    清盛が熊野詣でに出ているすきに、源義朝が藤原信頼と組んで兵を挙げ、信西を殺した。清盛は京に戻って天皇を味方に引き入れ、義朝を破った。義朝の子の頼朝は伊豆に流された。

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  3. ライバルの源氏がいなくなり、平氏は武士の中で並ぶ者のない力を持った。

  4. 1167年2月50歳

    太政大臣となる

    武士として初めて、朝廷の最高の位の太政大臣になった。3か月で辞めて出家し、摂津の福原に移った。大輪田泊(いまの神戸港)を整え、宋との貿易で富を集めた。

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  5. 1172年、娘の徳子を高倉天皇の后とした。一門は30余りの国を知行し、「平家にあらずんば人にあらず」と言われた。1177年には、鹿ヶ谷で平家を倒す相談をした院の近臣を処罰した。

  6. 1179年11月62歳

    後白河法皇を幽閉する

    長男の重盛が亡くなると、後白河法皇が平家の領地を取り上げた。清盛は数千騎で福原から上洛し、法皇を鳥羽殿に閉じこめ、反平家の貴族を大量に辞めさせた(治承三年の政変)。翌年、孫の安徳天皇を3歳で即位させた。

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  7. 1180年5月、法皇の子の以仁王が平家を討てという命令を出して兵を挙げた。

  8. 1180年6月63歳

    福原遷都と、全国の反乱

    都を福原に移したが、貴族や寺社の反発が強く、半年で京に戻した。この間に伊豆の頼朝、信濃の義仲が兵を挙げ、富士川では平家の大軍が戦わずに逃げ帰った。翌年閏2月、清盛は激しい熱病で亡くなった。64歳だった。

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年齢は、地図の人物欄と同じ数え年です。

本拠の移り変わり

  1. 1

    六波羅

    1156年ごろ〜1168年(39〜51歳)

    京の東、平家一門の屋敷が並んだ地。

  2. 2

    福原

    1168年〜1181年(51〜64歳)

    出家後に移り住み、宋との貿易の拠点とした。1180年には都とした。

地図は1179年の勢力図に、本拠の位置を重ねたものです。濃い色が平氏の勢力です。

通説と実像

よく知られた話は、どこまで本当なのか。史料にあるもの、後世に作られたもの、説が分かれるものに分けました。

諸説

「平家にあらずんば人にあらず」と言った

『平家物語』で、この言葉を言ったのは清盛ではなく、妻の兄の平時忠とされる。物語の言葉で、実際に言ったかは確かめられない。

諸説

実は白河法皇の子だった

母が白河法皇に仕えた女性だったことから、『平家物語』などに落胤説が見える。若くして異例の出世をした理由とする見方もあるが、確かな証拠はない。

後世の創作

熱病の体に水をかけると、湯気になって沸き立った

『平家物語』の誇張した描写。高い熱が出る病で亡くなったことは確か。

史料にある

宋との貿易で富を集めた

大輪田泊を整え、宋の商人を福原に招き、後白河法皇と宋の人を会わせたことが記録にある。宋の銭が大量に日本に入った。

数字で見る清盛

勢力が最も広かった年1180年54地域・約16万km²(63歳)
そのときの広さ55%この地図の範囲(北海道・沖縄をのぞく日本)のうち。その年の勢力の中で1位
地図に記された戦い3回源平合戦 勢力図の出来事のうち、清盛の名前が出てくる戦い
本拠を移した回数1回六波羅 → 福原

広さは、この地図の地域区分から計算した目安です。

つながり

主役のバトン

清盛が死んだあと

1181年(死んだ時点)
1186年(5年後)
48死
461年後
472年後
183年後
74年後
05年後
06年後
07年後
08年後
09年後
010年後

平氏の勢力は、清盛が死んだ時点で地図の上の48地域。5年後には、平氏の色の地域はなくなった。死んだ時点の平氏の地域は、5年後には源氏が47地域を支配していた。

死んだ年の勢力図を開く

地域の数は、この地図の地域区分で数えた目安です。

同じ時代、世界では

清盛が生まれたころの世界

清盛が出てくる合戦絵巻

略年譜(源平合戦 勢力図の出来事から)

参考