消えた村の名前は、駅に残っている
1920年に全国で1万2千あまりあった市町村は、合併を重ねて今は1,741になりました。消えた町や村の名前の多くは、地図の上では大字や地区の名として小さく残るだけです。ところが、駅の名前を見ると、旧町村の名前が今もはっきり掲げられていることがあります。合併で自治体の名前が変わっても、駅の名前はそのまま使われ続けることが多いからです。この記事では、まちの系譜の年表で合併の経緯を確かめながら、駅の名前に残る旧町村を地方ごとに紹介します。
駅の名前は、合併の前の地図を映す
駅の名前には、駅が置かれた土地の地名が付けられることがよくあります。昭和の大合併より前は町村の数が今よりずっと多く、町や村の名前をそのまま名乗る駅がたくさん生まれました。その後、昭和の大合併や平成の大合併で町村が一つにまとまり、新しい名前の市や町が生まれます。自治体の名前は変わっても、駅の名前は変わらずに残りました。
まちの系譜の各ページでは、消えた町村の区域にある駅を紹介しています。ここではその中から、旧町村の名前と駅の名前が同じ例を選びました。旧町村の名前は1920年の時点のものを基本とし、その後に町になったものは合併のときの名前で書いています。
北海道・東北
山形県の及位(のぞき)は、難しい読みで知られる駅名です。及位村は1956年に真室川町と合併しましたが、奥羽本線の駅名として、今も村の名前を伝えています。
- 江部乙駅(函館本線)― 江部乙村は1909年に滝川村から分かれ、町になったあと、1971年4月1日に滝川市と合併しました(滝川市)
- 蟹田駅(津軽線)― 蟹田町は2005年3月28日に平舘村・三厩村と合併し、外ヶ浜町になりました(外ヶ浜町)
- 渋民駅(IGRいわて銀河鉄道線)― 渋民村は1954年に玉山村と合併し、玉山村は2006年1月10日に盛岡市に編入されました(盛岡市)
- 綾織駅(釜石線)― 綾織村は1954年12月1日、遠野町など8町村の合併で遠野市の一部になりました(遠野市)
- 及位駅(奥羽本線)― 及位村は1956年9月30日に真室川町・安楽城村と合併しました(真室川町)
関東
東京23区の駅名にも、1932年10月1日に東京市へ編入された町村の名前が残っています。埼玉県寄居町では、1955年に合併した用土村・男衾村・折原村・鉢形村の名前が、八高線と東武東上線の駅名にそろって残っています。
- 布佐駅・湖北駅(成田線)― 布佐町と湖北村は1955年4月29日に我孫子町と合併しました(我孫子市)
- 金町駅(常磐線)― 金町は1932年に東京市へ編入され、葛飾区の一部になりました(葛飾区)
- 蒲田駅 ― 蒲田町は1932年に東京市蒲田区となり、1947年に大森区と統合されて大田区になりました(大田区)
- 用土駅・折原駅(八高線)― 用土村と折原村は1955年2月11日に寄居町と合併しました(寄居町)
- 高麗川駅(八高線・川越線)― 高麗川村は1955年2月11日に高麗村と合併し、日高町になりました(日高市)
中部
長野県小谷村は、1958年4月1日に南小谷村・中土村・北小谷村の3村が合併してできた村です。大糸線には南小谷駅・中土駅・北小谷駅が並び、合併した3村の名前がそのまま駅名になっています。
- 笹子駅・初狩駅(中央本線)― 笹子村と初狩村は1954年8月8日、大月町などとの合併で大月市になりました(大月市)
- 南小谷駅・中土駅・北小谷駅(大糸線)― 3村が1958年4月1日に合併して小谷村になりました(小谷村)
- 洗馬駅(中央本線)― 洗馬村は1961年6月28日、昭和の大合併の期限の直前に塩尻市へ編入されました(塩尻市)
- 福光駅・城端駅(城端線)― 福光町と城端町は2004年11月1日の合併で南砺市になりました(南砺市)
- 都田駅(天竜浜名湖鉄道)― 都田村は1955年3月31日に浜松市へ編入されました(浜松市)
近畿
近畿では、大きな市が周りの町村を編入した時期が早く、昭和の初めに消えた町村の名前が駅に残る例が目立ちます。
- 櫟本駅・柳本駅(桜井線)― 櫟本町と柳本町は1954年4月1日、丹波市町などとの合併で天理市になりました(天理市)
- 膳所駅・石山駅(東海道本線)― 膳所町と石山町は1933年4月1日に大津市へ編入されました(大津市)
- 百舌鳥駅(阪和線)― 百舌鳥村は1938年9月1日に堺市へ編入されました(堺市)
- 垂水駅(山陽本線)― 垂水町は1941年7月1日に神戸市へ編入されました(神戸市)
- 笠田駅・妙寺駅(和歌山線)― 笠田町は伊都町を経て、妙寺町とともに1958年7月1日にかつらぎ町になりました(かつらぎ町)
中国・四国
鳥取県の境線では、1954年8月10日に合併して境港町となった上道村・余子村・中浜村の名前が、そろって駅名に残っています。
- 上道駅・余子駅・中浜駅(境線)― 3村は1954年8月10日、境町などと合併して境港町になりました(境港市)
- 那岐駅・土師駅(因美線)― 那岐村と土師村は1935年2月20日に智頭町と合併しました(智頭町)
- 刑部駅(姫新線)― 刑部町は1955年に大佐町となり、大佐町は2005年3月31日に新見市と合併しました(新見市)
- 鴨島駅・川田駅(徳島線)― 鴨島町と、川田町が加わった山川町は、2004年10月1日の合併で吉野川市になりました(吉野川市)
九州
九州では、昭和の大合併で一度まとまった町が、平成の大合併でさらに大きな市に加わった例が多く見られます。駅の名前は、二度の合併をくぐり抜けて残りました。
- 湯平駅(久大本線)― 湯平村は1955年に由布院町と合併して湯布院町となり、2005年10月1日に由布市の一部になりました(由布市)
- 夜明駅(久大本線)― 夜明村は1955年3月31日に日田市へ編入されました(日田市)
- 田主丸駅(久大本線)― 田主丸町は2005年2月5日に久留米市へ編入されました(久留米市)
- 三角駅(三角線)― 三角町は2005年1月15日、松橋町などとの合併で宇城市になりました(宇城市)
- 帖佐駅・重富駅(日豊本線)― 帖佐町と重富村は1955年に姶良町となり、2010年3月23日に姶良市になりました(姶良市)
この記事の数字について
合併の日付と経緯は、まちの系譜の各市町村の年表によります。駅の名前と路線名は、旧町村の区域にある駅のうち、今も同じ名前で使われているものを選んでいます。