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消えた村の名前は、駅に残っている

まちの系譜・読み物 更新:2026-10-24

1920年に全国で1万2千あまりあった市町村は、合併を重ねて今は1,741になりました。消えた町や村の名前の多くは、地図の上では大字や地区の名として小さく残るだけです。ところが、駅の名前を見ると、旧町村の名前が今もはっきり掲げられていることがあります。合併で自治体の名前が変わっても、駅の名前はそのまま使われ続けることが多いからです。この記事では、まちの系譜の年表で合併の経緯を確かめながら、駅の名前に残る旧町村を地方ごとに紹介します。

駅の名前は、合併の前の地図を映す

駅の名前には、駅が置かれた土地の地名が付けられることがよくあります。昭和の大合併より前は町村の数が今よりずっと多く、町や村の名前をそのまま名乗る駅がたくさん生まれました。その後、昭和の大合併や平成の大合併で町村が一つにまとまり、新しい名前の市や町が生まれます。自治体の名前は変わっても、駅の名前は変わらずに残りました。

まちの系譜の各ページでは、消えた町村の区域にある駅を紹介しています。ここではその中から、旧町村の名前と駅の名前が同じ例を選びました。旧町村の名前は1920年の時点のものを基本とし、その後に町になったものは合併のときの名前で書いています。

北海道・東北

山形県の及位(のぞき)は、難しい読みで知られる駅名です。及位村は1956年に真室川町と合併しましたが、奥羽本線の駅名として、今も村の名前を伝えています。

関東

東京23区の駅名にも、1932年10月1日に東京市へ編入された町村の名前が残っています。埼玉県寄居町では、1955年に合併した用土村・男衾村・折原村・鉢形村の名前が、八高線と東武東上線の駅名にそろって残っています。

中部

長野県小谷村は、1958年4月1日に南小谷村・中土村・北小谷村の3村が合併してできた村です。大糸線には南小谷駅・中土駅・北小谷駅が並び、合併した3村の名前がそのまま駅名になっています。

近畿

近畿では、大きな市が周りの町村を編入した時期が早く、昭和の初めに消えた町村の名前が駅に残る例が目立ちます。

中国・四国

鳥取県の境線では、1954年8月10日に合併して境港町となった上道村・余子村・中浜村の名前が、そろって駅名に残っています。

九州

九州では、昭和の大合併で一度まとまった町が、平成の大合併でさらに大きな市に加わった例が多く見られます。駅の名前は、二度の合併をくぐり抜けて残りました。

この記事の数字について

合併の日付と経緯は、まちの系譜の各市町村の年表によります。駅の名前と路線名は、旧町村の区域にある駅のうち、今も同じ名前で使われているものを選んでいます。

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