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葛飾区かつしかく

1920年には7の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の葛飾区になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の葛飾区

東京23区の北東端にあり、江戸川、中川、荒川、綾瀬川などに囲まれた水辺の多い区です。柴又には映画ゆかりの門前町、亀有や四つ木には漫画に関わる文化があります。水元公園や堀切菖蒲園では水と緑、季節の花が身近です。住宅地、商店街、工場が広がる一方、農地も残り、川沿いの低地に古くからの地域ごとの暮らしが重なっています。

今の葛飾区の区域の人口は、2020年の国勢調査で453,093人です。今の区域で数えた1980年の420,187人とくらべると7.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.9%です。

453,093人人口(2020年)
+7.8%1980年からの増減
34.8km²面積(国土地理院)
13,020人/km²人口密度
24.9%65歳以上の割合
453,0931980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 63.6%65歳以上 24.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:金属・樹脂加工などの製造業、商業、都市農業が営まれています。

特産品・名産

  • 江戸切子ガラスの表面にカットで模様を施す工芸品
  • 江戸押絵羽子板布と綿で立体的な押絵を組み合わせる羽子板
  • 棕櫚たわし柔らかく水に強い棕櫚の繊維を使うたわし

見どころ・祭り

  • 柴又映画ゆかりの門前町の街並み
  • 水元公園水郷の景観を持つ広い公園
  • 堀切菖蒲園花菖蒲の名所として知られる庭園

木シダレヤナギ花ハナショウブ葛飾区の木・花

葛飾区のなりたち

葛飾区(かつしかく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。金町村・水元村・新宿町・亀青村・南綾瀬村・奥戸村・本田村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の葛飾区になりました。

今の名前「葛飾区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の奥戸村が約8km²だったのに対し、今の葛飾区は約35km²と、およそ4.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南葛飾郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧金町村の区域には金町駅(常磐線)があります。

71920年の町村の数
2回合併・編入の回数
35km²今の面積
1932年いちばん新しい合併

「葛飾区」という名前

葛飾の名は、古代の葛飾郡に由来する地域の名前です。奈良時代の戸籍や『万葉集』にも現れる、長い歴史を持つ地名です。1932年に南葛飾郡の7町村を東京市へ編入して新区を置く際、中川、新宿、本田などの案もありましたが、古くからの地域名である葛飾が選ばれました。古代の葛飾郡全体を区にしたものではなく、その一部に当たる町村の区域に、古い名前を受け継いだ区です。

まちの成り立ち

葛飾の地域には古くから人々が暮らし、奈良時代の大嶋郷の戸籍にも集落の姿が残ります。中世から近世には葛西とも呼ばれ、川沿いの農村が広がっていました。1889年の町村制施行で、南葛飾郡に新宿町、立石村、亀青村、南綾瀬村、金町村、水元村、奥戸村などが発足しました。立石村は翌1890年に本田村へ改称しました。

荒川放水路の建設に伴って、1914年には周辺の町村の区域も変わりました。金町村、本田村、南綾瀬村、奥戸村は、その後それぞれ町となりました。1932年10月1日の東京市の市域拡大で、本田町、奥戸町、亀青村、新宿町、金町、南綾瀬町、水元村が市へ編入され、葛飾区が置かれました。7町村をまとめた新しい区でした。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、葛飾区は東京都の区となりました。1947年5月3日の地方自治法施行で葛飾区は特別区となりました。

柴又には帝釈天の門前と映画ゆかりの街並みが残り、亀有や四つ木には漫画に関わる文化が育ちました。水元公園や堀切菖蒲園には水と緑の景観があります。住宅地や工場、商店街が広がった後も川が地区を分け、農地も残っています。古い村々の名と、水辺に結び付く暮らしが今のまちにも続いています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年町村制施行で南葛飾郡新宿町・立石村・亀青村・南綾瀬村・金町村・水元村・奥戸村が発足した。周辺には大木村・平井村も発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年5月10日明治23年立石村が本田村へ改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  3. 1914年4月1日大正3年荒川放水路建設に伴い大木村・平井村などが廃止され、その一部が本田村へ編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  4. 1925年8月6日大正14年金町村が町制を施行し、金町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1928年3月1日昭和3年本田村が町制を施行し、本田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1928年11月1日昭和3年南綾瀬村が町制を施行し、南綾瀬町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1930年11月3日昭和5年奥戸村が町制を施行し、奥戸町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1932年10月1日昭和7年新宿町・金町・本田町・南綾瀬町・奥戸町・水元村・亀青村が東京市へ編入され、葛飾区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
  9. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、葛飾区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  10. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、葛飾区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

葛飾区1925〜今
水元村1889〜1932
新宿町1889〜1932
亀青村1889〜1932
南綾瀬村1889〜1932
奥戸村1889〜1932
本田村1914〜1932
金町村1889〜1925同じ名前の駅:金町駅

参考にした資料