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練馬区ねりまく

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の練馬区になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の練馬区

東京23区の北西部にあり、武蔵野台地に住宅地と農地が広がる区です。石神井公園には池と森があり、光が丘公園には広い緑地があります。野菜づくりや農業体験の場所も暮らしに近く、清水山の森にはカタクリが咲きます。鉄道によって都心と結ばれた住宅都市であるとともに、農業と武蔵野の自然を身近に残すまちです。美術や音楽に関わる活動も行われています。

今の練馬区の区域の人口は、2020年の国勢調査で752,608人です。今の区域で数えた1980年の564,156人とくらべると33.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は22.0%です。

752,608人人口(2020年)
+33.4%1980年からの増減
48.08km²面積(国土地理院)
15,653人/km²人口密度
22.0%65歳以上の割合
752,6081980199020052020
15歳未満 11.9%15〜64歳 66.1%65歳以上 22.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:小売・サービス業のほか、都市農業やアニメーション関連の仕事も盛んです。

特産品・名産

  • 練馬大根ドレッシング練馬大根と国産玉ねぎを使う和風調味料
  • 練馬生まれの大根ソース区産大根に野菜・果物・牡蠣を合わせたソース
  • 桜泉(おおいずみ)地元の桜の花酵母を使った日本酒

見どころ・祭り

  • 石神井公園池と森が残る武蔵野の自然の公園
  • 光が丘公園住宅地に隣接する広い緑地
  • 清水山の森カタクリの群生地がある森

木コブシ花ツツジ練馬区の木・花

練馬区のなりたち

練馬区(ねりまく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。下練馬村・上練馬村・大泉村・上板橋村・石神井村・中新井村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の練馬区になりました。

今の名前「練馬区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の石神井村が約14km²だったのに対し、今の練馬区は約48km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北豊島郡に属していました。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
48km²今の面積
1932年いちばん新しい合併

「練馬区」という名前

練馬という地名には、赤土を練る場所を「ねり場」と呼んだことにちなむ説などがありますが、由来は一つに定まっていません。江戸時代から上練馬、下練馬の名が使われ、1929年には下練馬村が練馬町となりました。1932年には一帯が東京市板橋区に入り、1947年8月1日に板橋区から分離して練馬区が発足しました。古い地名を、独立した区の名前として受け継いだものです。

まちの成り立ち

江戸時代の練馬には畑が広がり、野菜を江戸へ送る近郊農村として発展しました。1889年の町村制施行で、北豊島郡に下練馬村、上練馬村、中新井村、石神井村が発足しました。1891年には石神井村の一部と埼玉県側の地域をまとめて大泉村が新設されました。下練馬村は1929年に練馬町となりました。

1932年10月1日の東京市の市域拡大では、練馬町、上練馬村、中新井村、石神井村、大泉村は、板橋町などとともに市へ編入され、板橋区の一部となりました。1943年の都制施行で板橋区は東京都の区となり、1947年5月3日の地方自治法施行で特別区となりました。鉄道の開通や関東大震災後の人口増加によって住宅地が広がると、区の独立を求める運動が強まりました。1947年8月1日、板橋区から分離して練馬区が発足し、東京の特別区は23区となりました。

練馬区は、1947年3月の22区への再編とも、5月の地方自治法による特別区への移行とも異なる時期に成立した区です。住宅地が広がった後も農地が残り、農業体験の場所が育ちました。石神井公園や光が丘公園の緑と水辺、文化施設が暮らしに接し、近郊農村の歴史を持つ住宅都市として発展しています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年町村制施行で北豊島郡下練馬村・上練馬村・中新井村・石神井村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1891年6月15日明治24年石神井村の一部と埼玉県新座郡榑橋村・新倉村の一部を合わせ、北豊島郡大泉村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1929年4月1日昭和4年下練馬村が町制施行・改称により練馬町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1932年10月1日昭和7年練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村が東京市へ編入され、板橋区の一部となった。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、板橋区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  6. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、板橋区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  7. 1947年8月1日昭和22年板橋区の一部が分離し、練馬区が特別区として発足した。種類:分割 出典:www.city.nerima.tokyo.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

練馬区1929〜今
上練馬村1889〜1932
大泉村1891〜1932
上板橋村1889〜1932
石神井村1889〜1932
中新井村1889〜1932
下練馬村1889〜1929

参考にした資料