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新宿区しんじゅくく

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の新宿区になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の新宿区

東京の都心西部にあり、新宿駅を中心に繁華街と業務街が広がる区です。駅の西側には高層ビル、東側には商店や飲食店が集まります。四谷や神楽坂には寺社と坂道、路地が残り、早稲田には大学、大久保には国際色のある商店街があります。落合には緑を伴う住宅地が広がります。大勢の人が行き交う駅周辺と、地域ごとに異なる生活のまちが隣り合っています。

今の新宿区の区域の人口は、2020年の国勢調査で349,385人です。今の区域で数えた1980年の343,928人とくらべると1.6%ふえ、人口はほぼ横ばいです。65歳以上の人の割合は20.0%です。

349,385人人口(2020年)
+1.6%1980年からの増減
18.22km²面積(国土地理院)
19,176人/km²人口密度
20.0%65歳以上の割合
349,3851980199020052020
15歳未満 9.2%15〜64歳 70.8%65歳以上 20.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業・サービス業が集まり、出版・印刷業や染色などの仕事も続いています。

特産品・名産

  • 江戸小紋新宿の染色工房で受け継がれる型染め
  • 江戸更紗新宿の工房で作られる多彩な模様の染物
  • 東京手描友禅新宿の工房に伝わる手描きの染色

見どころ・祭り

  • 神楽坂坂道と路地に飲食店や寺社が並ぶ地区
  • 漱石山房記念館夏目漱石の終の住まいの跡地にある記念館
  • 新宿駅周辺繁華街と高層ビルの業務街が広がる地区

木ケヤキ花ツツジ新宿区の木・花

新宿区のなりたち

新宿区(しんじゅくく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。東京市・落合村・戸塚町・淀橋町・大久保町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の新宿区になりました。

今の名前「新宿区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は豊多摩郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大久保町の区域には大久保駅(中央本線)があります。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
18km²今の面積
1947年いちばん新しい合併

「新宿区」という名前

新宿の名は、甲州街道に新しく設けられた宿場「内藤新宿」に由来します。内藤家の屋敷地の一部を使って開かれたため、この名が付きました。1947年に四谷区、牛込区、淀橋区を統合した際、新宿御苑や新宿駅によって広く知られていた「新宿」が新区名に採用されました。旧3区の名を組み合わせるのではなく、宿場から育った地名を、新しい区全体の名前として受け継ぎました。

まちの成り立ち

四谷と牛込には江戸の寺社や武家屋敷、門前町が広がり、その西側には甲州街道の内藤新宿や農村がありました。1878年に四谷区と牛込区が置かれ、1889年には東京市の区となりました。同じ年、南豊島郡では淀橋町、大久保村、戸塚村、落合村などが町村制による自治体として発足しました。鉄道が開通すると、新宿駅の周りにも市街地が育ちました。

1920年には内藤新宿町が東京市の四谷区に編入されました。1932年10月1日の東京市の市域拡大で、豊多摩郡の淀橋町、大久保町、戸塚町、落合町が市に編入され、淀橋区が置かれました。四谷区、牛込区、淀橋区は、成立の時期と範囲が異なる3区でした。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、四谷区・牛込区・淀橋区は東京都の区となりました。1947年3月15日に3区が統合して新宿区が発足しました。同年5月3日の地方自治法施行で新宿区は特別区となりました。

新宿駅周辺には繁華街と業務街が集まり、西口側には高層ビルが並びます。一方、神楽坂や四谷には坂道、寺社、路地が残り、落合には住宅地が広がります。早稲田の大学や漱石山房記念館など、学問と文学に関わる場所もあります。旧3区に由来する地区ごとの特徴が、一つの区の中に続いています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年東京市が発足し、四谷区・牛込区は東京市の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  2. 1889年5月1日明治22年町村制施行で南豊島郡淀橋町・大久保村・戸塚村・落合村・内藤新宿町が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1896年4月1日明治29年南豊島郡と東多摩郡が統合され、豊多摩郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1912年12月1日大正元年大久保村が町制を施行し、大久保町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1914年1月1日大正3年戸塚村が町制を施行し、戸塚町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1920年4月1日大正9年内藤新宿町が東京市四谷区へ編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1924年2月1日大正13年落合村が町制を施行し、落合町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1932年10月1日昭和7年淀橋町・大久保町・戸塚町・落合町が東京市へ編入され、淀橋区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
  9. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、四谷区・牛込区・淀橋区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  10. 1947年3月15日昭和22年四谷区・牛込区・淀橋区が統合され、新宿区が発足した。種類:新設合併 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  11. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、新宿区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

新宿区1924〜今
落合村1889〜1932
戸塚町1914〜1932
淀橋町1889〜1932
大久保町1912〜1932同じ名前の駅:大久保駅
東京市1889〜1920

参考にした資料