今の港区
東京の都心南部に位置し、東は東京湾に面する区です。芝や海岸沿いの低地と、麻布・赤坂などの台地を坂道が結んでいます。企業の事業所や大使館、ホテルが集まる一方、寺社や庭園、住宅地もあります。新橋、六本木、赤坂などの繁華街、芝公園や増上寺、臨海部の街並みはそれぞれ異なる表情を持ちます。東京タワーが立つ景観と、海に近い新しい業務・住宅地区が共存しています。
今の港区の区域の人口は、2020年の国勢調査で260,486人です。今の区域で数えた1980年の201,257人とくらべると29.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は16.9%です。
主な産業:企業の事業所、情報通信業、商業、宿泊・飲食業が集まります。
特産品・名産
- 江の嶋最中芝神明・榮太樓の銘菓
- 栗饅頭西新橋の御菓子司・丸万の名物
- ジャンボ焼売新橋の新橋亭が作る名物
見どころ・祭り
- 東京タワー芝地区に立つ東京を象徴する塔
- 檜町公園赤坂地区にある緑のある公園
- 六本木けやき坂通り麻布地区にある六本木の街並み
木ハナミズキ花アジサイ・バラ港区の木・花
港区のなりたち
港区(みなとく)は、東京都区部の区です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では東京市でした。
「港区」という名前
港区の名は、東京湾に接する土地の性格にちなみます。1947年に芝区、麻布区、赤坂区を統合する際、新区名は「東港区」に絞られました。しかし「東京都東港区」では音が重なるという意見が出て、「港区」に改められました。その後、旧3区の区議会で議決され、正式な区名となりました。芝、麻布、赤坂の各名称は新区名には入りませんでしたが、現在も地区名や町名、駅名として使われています。
まちの成り立ち
江戸時代の芝、麻布、赤坂には、寺社や大名屋敷、町人の暮らすまちが広がっていました。海に近い芝と、台地や坂の多い麻布・赤坂は、異なる地形を持つ地域でした。1878年に東京府の芝区、麻布区、赤坂区が置かれ、1889年に東京市が発足すると、その15区のうちの3区となりました。明治時代には新橋を起点とする鉄道が開業し、近代都市の交通を支える地域にもなりました。
1943年の東京都制施行で東京府と東京市が廃止され、3区は東京都の区に変わりました。戦後の区の再編に際し、芝区、麻布区、赤坂区は統合されることになりました。新区の名称には東港区が考えられましたが、最終的には港区に決まりました。1947年3月15日に港区が発足し、同年5月3日の地方自治法施行で特別区となりました。
戦後は企業の事業所や大使館、宿泊施設などが集まり、海側では埋立てや再開発が進みました。一方、増上寺や泉岳寺をはじめとする寺社、屋敷跡の庭園、起伏のある坂道は今も残っています。旧3区の地名も引き継がれ、芝、麻布、赤坂という地域ごとのまちの性格が続いています。
年表
- 1889年5月1日明治22年東京市が発足し、芝区・麻布区・赤坂区は東京市の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、芝区・麻布区・赤坂区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年3月15日昭和22年芝区・麻布区・赤坂区が統合され、港区が発足した。種類:新設合併 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、港区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.minato.tokyo.jp/soumu/kuse/gaiyo/shokai/yurai.html
- www.tokyo-23city.or.jp/kikaku/tokubetsuku/documents/03_minato.pdf
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokubetsuku/whats.html
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/chosa/kondankai/documents/bessi6tokuenkaku.pdf
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/chosa/kondankai/documents/bessi7enkaku.pdf