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港区みなとく

港区がたどってきた合併の歴史です。

1町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の港区

東京の都心南部に位置し、東は東京湾に面する区です。芝や海岸沿いの低地と、麻布・赤坂などの台地を坂道が結んでいます。企業の事業所や大使館、ホテルが集まる一方、寺社や庭園、住宅地もあります。新橋、六本木、赤坂などの繁華街、芝公園や増上寺、臨海部の街並みはそれぞれ異なる表情を持ちます。東京タワーが立つ景観と、海に近い新しい業務・住宅地区が共存しています。

今の港区の区域の人口は、2020年の国勢調査で260,486人です。今の区域で数えた1980年の201,257人とくらべると29.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は16.9%です。

260,486人人口(2020年)
+29.4%1980年からの増減
20.36km²面積(国土地理院)
12,794人/km²人口密度
16.9%65歳以上の割合
260,4861980199020052020
15歳未満 13.8%15〜64歳 69.4%65歳以上 16.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:企業の事業所、情報通信業、商業、宿泊・飲食業が集まります。

特産品・名産

  • 江の嶋最中芝神明・榮太樓の銘菓
  • 栗饅頭西新橋の御菓子司・丸万の名物
  • ジャンボ焼売新橋の新橋亭が作る名物

見どころ・祭り

  • 東京タワー芝地区に立つ東京を象徴する塔
  • 檜町公園赤坂地区にある緑のある公園
  • 六本木けやき坂通り麻布地区にある六本木の街並み

木ハナミズキ花アジサイ・バラ港区の木・花

港区のなりたち

港区(みなとく)は、東京都区部の区です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では東京市でした。

11920年の町村の数
1回合併・編入の回数
20km²今の面積
1947年いちばん新しい合併

「港区」という名前

港区の名は、東京湾に接する土地の性格にちなみます。1947年に芝区、麻布区、赤坂区を統合する際、新区名は「東港区」に絞られました。しかし「東京都東港区」では音が重なるという意見が出て、「港区」に改められました。その後、旧3区の区議会で議決され、正式な区名となりました。芝、麻布、赤坂の各名称は新区名には入りませんでしたが、現在も地区名や町名、駅名として使われています。

まちの成り立ち

江戸時代の芝、麻布、赤坂には、寺社や大名屋敷、町人の暮らすまちが広がっていました。海に近い芝と、台地や坂の多い麻布・赤坂は、異なる地形を持つ地域でした。1878年に東京府の芝区、麻布区、赤坂区が置かれ、1889年に東京市が発足すると、その15区のうちの3区となりました。明治時代には新橋を起点とする鉄道が開業し、近代都市の交通を支える地域にもなりました。

1943年の東京都制施行で東京府と東京市が廃止され、3区は東京都の区に変わりました。戦後の区の再編に際し、芝区、麻布区、赤坂区は統合されることになりました。新区の名称には東港区が考えられましたが、最終的には港区に決まりました。1947年3月15日に港区が発足し、同年5月3日の地方自治法施行で特別区となりました。

戦後は企業の事業所や大使館、宿泊施設などが集まり、海側では埋立てや再開発が進みました。一方、増上寺や泉岳寺をはじめとする寺社、屋敷跡の庭園、起伏のある坂道は今も残っています。旧3区の地名も引き継がれ、芝、麻布、赤坂という地域ごとのまちの性格が続いています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年東京市が発足し、芝区・麻布区・赤坂区は東京市の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  2. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、芝区・麻布区・赤坂区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  3. 1947年3月15日昭和22年芝区・麻布区・赤坂区が統合され、港区が発足した。種類:新設合併 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  4. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、港区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

港区1943〜今
東京市1889〜1920

参考にした資料