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品川区しながわく

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の品川区になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の品川区

東京の南東部にあり、東京湾に面する低地と内陸の台地からなる区です。品川地区の旧東海道には宿場の面影が残り、荏原地区には商店街が集まります。戸越や池田山には公園、大崎には業務ビル、天王洲には水辺の文化・商業施設があります。品川、大崎、荏原、大井、八潮という地区ごとの特色があり、宿場の歴史と都市の仕事、住宅地の暮らしが接しています。

今の品川区の区域の人口は、2020年の国勢調査で422,488人です。今の区域で数えた1980年の346,247人とくらべると22.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は19.9%です。

422,488人人口(2020年)
+22.0%1980年からの増減
22.85km²面積(国土地理院)
18,490人/km²人口密度
19.9%65歳以上の割合
422,4881980199020052020
15歳未満 11.8%15〜64歳 68.3%65歳以上 19.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:業務・商業機能が集まり、製造業や地域の商店街の仕事も盛んです。

特産品・名産

  • 品川巻しながわ土産に選ばれた海苔巻き米菓
  • しながわ満月しながわ土産に選ばれた焼き菓子
  • 品川餅しながわ土産に選ばれた餅菓子

見どころ・祭り

  • 旧東海道品川宿宿場の面影を残す街道沿いの地区
  • 戸越公園大名屋敷跡に由来する庭園
  • 天王洲水辺に文化・商業施設が集まる地区

木シイノキ・カエデ花サツキ鳥ユリカモメ品川区の木・花・鳥

品川区のなりたち

品川区(しながわく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。平塚村・大崎町・品川町・大井町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の品川区になりました。

今の名前「品川区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の平塚村が約6km²だったのに対し、今の品川区は約22km²と、およそ3.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は荏原郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大崎町の区域には大崎駅(東京臨海高速鉄道 臨海副都心線)があります。旧大井町の区域には大井町駅(東海道本線)があります。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
23km²今の面積
1947年いちばん新しい合併

「品川区」という名前

品川は、中世から港の名として使われ、江戸時代には東海道の宿場名としても受け継がれた地名です。1932年に品川町、大井町、大崎町が東京市に編入された際、品川区が置かれました。1947年に荏原区と統合したときも、品川の区名が採用されました。宿場や湊から町名、区名へと範囲を広げてきた名前です。地名が最初に生まれた理由については、一つの説に定まっていません。

まちの成り立ち

品川は中世の湊として交易の拠点となり、江戸時代には東海道の最初の宿場として栄えました。内陸には農村が広がり、明治以降はガラスやビールなど近代産業の工場も置かれました。1889年の町村制施行で、荏原郡に品川町、大井村、大崎村、平塚村が発足しました。大井と大崎は1908年に町となり、平塚村も1926年に町となりました。

平塚町は1927年に荏原町へ改称しました。1932年10月1日の東京市の市域拡大では、品川町、大井町、大崎町が市に編入されて品川区となり、荏原町の区域には荏原区が置かれました。この時点では品川区と荏原区が並び立っていました。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、品川区・荏原区は東京都の区となりました。1947年3月15日に両区が統合して品川区が発足しました。同年5月3日の地方自治法施行で品川区は特別区となりました。

旧東海道には宿場の面影が残り、荏原地区には暮らしを支える商店街が集まります。戸越公園や池田山公園には屋敷地の歴史が残っています。大崎では業務街への再開発が進み、天王洲には水辺の文化・商業施設が育ちました。海側の低地と内陸の台地に、宿場、住宅地、産業のまちが重なっています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年町村制施行で荏原郡品川町・大井村・大崎村・平塚村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1908年8月1日明治41年大井村・大崎村が町制を施行し、大井町・大崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1926年4月1日大正15年平塚村が町制を施行し、平塚町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1927年7月1日昭和2年平塚町が荏原町へ改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  5. 1932年10月1日昭和7年品川町・大井町・大崎町が東京市に編入され品川区となり、荏原町は荏原区となった。種類:編入 出典:Wikipedia
  6. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、品川区・荏原区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  7. 1947年3月15日昭和22年品川区・荏原区が統合され、品川区が発足した。種類:新設合併 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  8. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、品川区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

品川区1926〜今
大崎町1908〜1932同じ名前の駅:大崎駅
品川町1889〜1932
大井町1908〜1932
平塚村1889〜1926

参考にした資料