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世田谷区せたがやく

1920年には6の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の世田谷区になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の世田谷区

東京23区の南西端にあり、多摩川に沿う水辺と台地の住宅地が広がる区です。三軒茶屋、下北沢、二子玉川などには個性ある商業地があり、成城などには落ち着いた住宅地があります。国分寺崖線や等々力渓谷には緑が残り、美術館、劇場、音楽の施設も点在します。ボロ市など古くからの催しと、商店街や文化活動が身近な暮らしを支えています。

今の世田谷区の区域の人口は、2020年の国勢調査で943,664人です。今の区域で数えた1980年の797,292人とくらべると18.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は20.3%です。

943,664人人口(2020年)
+18.4%1980年からの増減
58.05km²面積(国土地理院)
16,256人/km²人口密度
20.3%65歳以上の割合
943,6641980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 68.1%65歳以上 20.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:小売・飲食業やサービス業が盛んで、都市農業も続いています。

特産品・名産

  • 招福もなか経堂の亀屋が作る世田谷の最中
  • サザエさんどら焼き世田谷みやげに選ばれたどら焼き
  • フレッシュパンセ世田谷みやげに選ばれた洋菓子

見どころ・祭り

  • 世田谷のボロ市戦国時代の楽市を起源とする市
  • 等々力渓谷谷沢川が台地を侵食してできた渓谷
  • 国分寺崖線台地の縁に連なる緑の斜面

木ケヤキ花サギソウ鳥オナガ世田谷区の木・花・鳥

世田谷区のなりたち

世田谷区(せたがやく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。世田谷村・松沢村・駒沢村・玉川村・千歳村・砧村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の世田谷区になりました。

今の名前「世田谷区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の世田谷村が約12km²だったのに対し、今の世田谷区は約58km²と、およそ4.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北多摩郡・荏原郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北多摩郡は1970年(昭和45年)11月3日に廃止されました。

61920年の町村の数
2回合併・編入の回数
58km²今の面積
1936年いちばん新しい合併

「世田谷区」という名前

世田谷は、中世から使われてきた地名です。1376年に吉良氏が上弦巻の土地を鶴岡八幡宮へ寄進した文書に、その名が現れます。名前の最初の意味は一つに定まっていません。1889年には世田ヶ谷村、1923年には世田ヶ谷町となりました。1932年に周辺の町村とともに東京市へ編入された際、世田谷区の名に受け継がれました。1936年の砧村・千歳村の編入後も、同じ区名が使われています。

まちの成り立ち

世田谷には中世の吉良氏の拠点があり、戦国時代の楽市を起源とするボロ市が今も受け継がれています。江戸時代には農村が広がり、野菜などを江戸へ送りました。1889年の町村制施行で、荏原郡に世田ヶ谷村、駒沢村、玉川村、松沢村が発足しました。西側には当時の北多摩郡の砧村と千歳村がありました。

鉄道の開通とともに、近郊農村は住宅地へと変わっていきました。世田ヶ谷村は1923年、駒沢村は1925年に町となりました。1932年10月1日、世田ヶ谷町、駒沢町、玉川村、松沢村が東京市へ編入されて世田谷区が置かれました。1936年10月1日には北多摩郡の砧村と千歳村が東京市へ編入され、世田谷区の区域に加わりました。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、世田谷区は東京都の区となりました。1947年5月3日の地方自治法施行で世田谷区は特別区となりました。

三軒茶屋、下北沢、二子玉川などには商業地が育ち、成城などには住宅地が広がりました。多摩川や国分寺崖線には自然が残り、美術館や劇場、音楽の施設も点在します。世田谷線の沿線には暮らしに近い商店街が続き、旧町村の名も町名や地区名に残ります。農村から住宅都市への変化と、地域の文化が重なっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年神奈川県北多摩郡砧村・千歳村が町村制を施行した。種類:その他 出典:Wikipedia
  2. 1889年5月1日明治22年町村制施行で荏原郡世田ヶ谷村・駒沢村・玉川村・松沢村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1893年4月1日明治26年三多摩の東京府移管により、砧村・千歳村が東京府北多摩郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1923年4月1日大正12年世田ヶ谷村が町制を施行し、世田ヶ谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1925年10月1日大正14年駒沢村が町制を施行し、駒沢町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1932年10月1日昭和7年世田ヶ谷町・駒沢町・玉川村・松沢村が東京市へ編入され、世田谷区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1936年10月1日昭和11年砧村・千歳村が東京市世田谷区へ編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、世田谷区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  9. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、世田谷区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

世田谷区1923〜今
千歳村1889〜1936
砧村1889〜1936
松沢村1889〜1932
駒沢村1889〜1932
玉川村1889〜1932
世田谷村1889〜1923

参考にした資料