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中野区なかのく

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の中野区になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の中野区

東京23区の西部にあり、武蔵野台地の東端に住宅地が広がる区です。中野駅や東中野駅、中野坂上の周辺には商店や飲食店、事業所が集まり、その外側には住宅地が続きます。中野ブロードウェイには趣味に関わる店があり、哲学堂公園や中野四季の森公園には緑があります。青梅街道沿いの歴史と、鉄道を中心に発展した商業地が重なる、都心に近い生活のまちです。

今の中野区の区域の人口は、2020年の国勢調査で344,880人です。今の区域で数えた1980年の345,733人とくらべると0.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は20.2%です。

344,880人人口(2020年)
−0.2%1980年からの増減
15.59km²面積(国土地理院)
22,122人/km²人口密度
20.2%65歳以上の割合
345,7331980199020052020
15歳未満 8.9%15〜64歳 70.9%65歳以上 20.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業、飲食業、サービス業が中心で、中野駅周辺などに事業所が集まります。

特産品・名産

  • 王様ポテト沼袋のアビニヨンが作るサツマイモの菓子
  • 鍋横最中鍋屋横丁にちなむ鍋の形の最中
  • 柿の種(はやしや)東中野のかきもち処が作る米菓

見どころ・祭り

  • 哲学堂公園哲学をテーマにした国の名勝の公園
  • 中野ブロードウェイ趣味や文化に関わる店が集まる商業施設
  • 中野四季の森公園大学や業務ビルに囲まれた緑地

木シイ花ツツジ中野区の木・花

中野区のなりたち

中野区(なかのく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。野方村・中野町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の中野区になりました。

今の名前「中野区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の野方村が約9km²だったのに対し、今の中野区は約16km²と、およそ1.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は豊多摩郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧中野町の区域には中野駅(中央本線)があります。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
16km²今の面積
1932年いちばん新しい合併

「中野区」という名前

中野は、江戸時代の中野郷や中野宿にも受け継がれた地名です。1889年の町村制施行で中野村の名となり、1897年には中野町となりました。1932年に中野町と野方町が東京市へ編入された際、両町をまとめる新しい区の名前に採用されました。地名の最初の由来は、はっきりしていません。中野の区名とともに、野方、江古田、鷺宮など旧来の地名も町名や地区名として残っています。

まちの成り立ち

江戸時代の中野郷には村々が広がり、青梅街道沿いの中野宿は多摩から来る物資の集積地として栄えました。徳川綱吉の時代には犬を収容する「お囲い」が置かれ、廃止後の一部には桃園が作られました。1889年の町村制施行で東多摩郡に中野村と野方村が発足しました。同年に開業した中野駅によって、まちの中心は街道沿いから駅の周りへと移っていきました。

1896年に東多摩郡と南豊島郡が統合され、両村は豊多摩郡に属しました。1897年に中野村が中野町となり、1924年には野方村が野方町となりました。関東大震災後は宅地化が進み、西武新宿線の開通により北側の市街地も発展しました。1932年10月1日の東京市の市域拡大では、両町が市へ編入されて中野区が置かれました。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、中野区は東京都の区となりました。1947年5月3日の地方自治法施行で中野区は特別区となりました。

中野駅の周辺には商店街や飲食店が集まり、中野ブロードウェイには趣味や文化に関わる店が育ちました。哲学堂公園や中野通りには桜の名所があり、駅の北西側には中野四季の森公園と大学、業務ビルが整備されました。街道、鉄道、住宅地の歴史が重なる生活のまちとして、新しい街並みも加わっています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年町村制施行で東多摩郡中野村・野方村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年東多摩郡と南豊島郡が統合され、豊多摩郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1897年2月5日明治30年中野村が町制を施行し、中野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1924年4月1日大正13年野方村が町制を施行し、野方町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1932年10月1日昭和7年中野町・野方町が東京市へ編入され、中野区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
  6. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、中野区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  7. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、中野区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

中野区1924〜今
野方村1889〜1932
中野町1897〜1932同じ名前の駅:中野駅

参考にした資料