今の板橋区
東京23区の北西部にあり、北は荒川に接し、台地と川沿いの低地に市街地が広がる区です。石神井川には桜並木、赤塚には森や農地が残ります。高島平などには住宅地が整備され、商店街、工場、都市農業が近接しています。板橋区立美術館や絵本に関わる文化施設もあり、中山道の宿場から発展した歴史と、住宅都市・産業都市の姿が共存しています。
今の板橋区の区域の人口は、2020年の国勢調査で584,483人です。今の区域で数えた1980年の498,266人とくらべると17.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.7%です。
主な産業:印刷業や光学機器などの製造業、商業、都市農業が営まれています。
特産品・名産
- 高島平ビール(ホワイト)若松屋酒店の「板橋のいっぴん2025」特別賞品
- 肉のマルサン自家製ハムカツ上板橋の「板橋のいっぴん2025」特別賞品
- 生デニッシュ志村の「板橋のいっぴん2025」特別賞品
見どころ・祭り
- 板橋区立美術館絵本原画展なども開催する美術館
- 石神井川の桜並木川沿いに続く春の景観
- いたばし花火大会荒川の河川敷で行われる夏の花火
木ケヤキ花ニリンソウ鳥ハクセキレイ板橋区の木・花・鳥
板橋区のなりたち
板橋区(いたばしく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。志村・赤塚村・上板橋村・板橋町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の板橋区になりました。
今の名前「板橋区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の志村が約12km²だったのに対し、今の板橋区は約32km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北豊島郡に属していました。
「板橋区」という名前
板橋は、中世の文献にも登場する古い地名です。『延慶本平家物語』には、1180年に源頼朝が「豊島ノ上滝野川ノ板橋」に布陣したという記述があります。1889年の町村制で板橋町の名となり、1932年の東京市の市域拡大では新しい区名に採用されました。1947年に西側の地域が練馬区として分離した後も、板橋区の名が続いています。古い地名の細かな命名事情は、はっきりしていません。
まちの成り立ち
江戸時代の板橋は中山道の宿場として栄え、その周りには農村が広がっていました。1889年の町村制施行で、北豊島郡に板橋町、上板橋村、志村、赤塚村などが発足しました。西側には練馬や石神井の村々もあり、当時は現在の板橋区と練馬区に当たる地域が同じ郡に属していました。
1932年10月1日の東京市の市域拡大では、板橋町と練馬町、上板橋村、志村、赤塚村、中新井村、上練馬村、石神井村、大泉村が市に編入され、板橋区が置かれました。現在の板橋区だけよりも広い区域でした。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、板橋区は東京都の区となりました。1947年5月3日の地方自治法施行で特別区となり、同年8月1日に練馬区が分離して、板橋区の範囲は東側の地域にまとまりました。
戦後は高島平などの住宅地が整備され、鉄道や道路の沿線に市街地が広がりました。荒川沿いには工業、赤塚には農業、区内各地には商店街があり、住宅都市と産業都市の両面を持ちます。石神井川の桜や赤塚の緑、区立美術館なども身近にあり、古い宿場の地域に多様な仕事と暮らしが重なっています。
年表
- 1889年5月1日明治22年町村制施行で北豊島郡板橋町・上板橋村・志村・赤塚村・下練馬村・上練馬村・中新井村・石神井村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年6月15日明治24年石神井村の一部と埼玉県新座郡榑橋村・新倉村の一部を合わせ、北豊島郡大泉村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1929年4月1日昭和4年下練馬村が町制施行・改称により練馬町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1932年10月1日昭和7年板橋町・練馬町・上板橋村・志村・赤塚村・中新井村・上練馬村・石神井村・大泉村が東京市に編入され、板橋区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、板橋区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、板橋区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年8月1日昭和22年板橋区の一部が分離し、練馬区が発足した。種類:分割 出典:www.tokyo-23city.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.itabashi.tokyo.jp/kusei/shiryo/koubunsho/ichiran/1009260.html
- www.tokyo-23city.or.jp/kikaku/tokubetsuku/documents/19_itabashi.pdf
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokubetsuku/whats.html
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/chosa/kondankai/documents/bessi6tokuenkaku.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8C%97%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E9%83%A1&action=r