今の大田区
東京の南部にあり、多摩川と東京湾に接する区です。羽田空港や臨海部の物流施設、蒲田や大森の商業地、技術を持つ町工場が集まります。内陸には田園調布などの住宅地が広がり、池上本門寺、馬込文士村、洗足池など歴史と緑に関わる場所もあります。海苔養殖を営んだ海辺の地域と、台地の住宅地、ものづくりのまちが、それぞれの性格を保っています。
今の大田区の区域の人口は、2020年の国勢調査で748,081人です。今の区域で数えた1980年の661,147人とくらべると13.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は22.6%です。
主な産業:機械・金属加工などの製造業が集まり、空港に関わる物流・サービス業も盛んです。
特産品・名産
- 大森の海苔江戸時代から昭和の中ごろまで養殖が盛んだった乾海苔
- パズルDE大田区っきー2019年の土産紹介に載る地図形クッキー
- 華香2019年の土産紹介に載る地ビール
見どころ・祭り
- 池上本門寺五重塔が残る日蓮宗の大本山
- 馬込文士村作家や芸術家が暮らした住宅地
- 洗足池勝海舟ゆかりの水辺と緑がある池
木クスノキ花ウメ鳥ウグイス大田区の木・花・鳥
大田区のなりたち
大田区(おおたく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。池上村・馬込村・調布村・入新井町・蒲田村・大森町・矢口村・羽田町・六郷村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の大田区になりました。
今の名前「大田区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の池上村が約8km²だったのに対し、今の大田区は約62km²と、およそ8.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は荏原郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧蒲田村の区域には蒲田駅(東海道本線)があります。旧大森町の区域には大森駅(東海道本線)があります。
「大田区」という名前
大田の名は、1947年に統合した大森区と蒲田区から、一文字ずつ取ったものです。大森の「大」と蒲田の「田」を合わせて「大田区」となりました。1932年に置かれた二つの区が、戦後の再編で一つになった経緯が名前に表れています。大森と蒲田の地名は、統合後も地域名や町名、駅名として残り、新しい区名とともに使われています。
まちの成り立ち
海沿いでは江戸時代から海苔の養殖が盛んに行われ、東海道沿いには人と物が行き交いました。内陸には池上本門寺の門前や農村が広がっていました。1889年の町村制施行で、荏原郡の大森村、入新井村、調布村、池上村、馬込村、羽田村、蒲田村、六郷村、矢口村が発足しました。その後、これらの村は順次、町となりました。
1932年10月1日に東京市の市域が拡大すると、大森町、入新井町、池上町、馬込町、東調布町の区域には大森区が置かれました。羽田町、蒲田町、矢口町、六郷町の区域には蒲田区が置かれました。大正期以降は中小工場が集まり、農村や漁業のまちに、ものづくりの仕事が加わりました。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、大森区・蒲田区は東京都の区となりました。1947年3月15日に両区が統合して大田区が発足しました。同年5月3日の地方自治法施行で大田区は特別区となりました。
戦後も町工場の技術が地域の産業を支えてきました。1962年に漁業権を放棄して海苔の養殖は終わり、臨海部には空港や市場、物流施設が広がりました。台地側には田園調布などの住宅地、池上や馬込には寺社や文学者ゆかりの場所があります。多摩川の水辺から羽田空港まで、異なる地域の性格が一つの区にまとまっています。
年表
- 1889年5月1日明治22年町村制施行で荏原郡大森村・入新井村・調布村・池上村・馬込村・羽田村・蒲田村・六郷村・矢口村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年7月20日明治30年大森村が町制を施行し、大森町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1907年羽田村が町制を施行し、羽田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1919年8月1日大正8年入新井村が町制を施行し、入新井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年10月10日大正11年蒲田村が町制を施行し、蒲田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1926年8月1日大正15年池上村が町制を施行し、池上町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年1月1日昭和3年馬込村が町制を施行し、馬込町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年2月11日昭和3年矢口村が町制を施行し、矢口町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年六郷村が六郷町となり、調布村は町制施行・改称により東調布町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1932年10月1日昭和7年大森町・入新井町・池上町・馬込町・東調布町が東京市大森区となり、羽田町・蒲田町・矢口町・六郷町が蒲田区となった。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、大森区・蒲田区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年3月15日昭和22年大森区・蒲田区が統合され、大田区が発足した。種類:新設合併 出典:www.tokyo-23city.or.jp
- 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、大田区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.tokyo-23city.or.jp/kikaku/tokubetsuku/documents/11_oota.pdf
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/tokubetsuku/whats.html
- www.tokyo-23city.or.jp/chosa/chosa/kondankai/documents/bessi6tokuenkaku.pdf
- www.city.ota.tokyo.jp/omori/ts_omorinishi/katsudou/miryoku/oomorinori.html
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8D%8F%E5%8E%9F%E9%83%A1&action=raw