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目黒区めぐろく

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の目黒区になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の目黒区

東京の南西部にあり、台地と目黒川、呑川の谷からなる、坂の多い区です。中目黒には川沿いの桜並木、自由が丘には商店街が広がり、住宅地の中には目黒不動や円融寺などの寺社があります。駒場の旧前田家本邸には屋敷の歴史が残ります。大学などの教育施設もあり、起伏のある地形の上に住宅地、商業地、文化に関わる場所が重なっています。

今の目黒区の区域の人口は、2020年の国勢調査で288,088人です。今の区域で数えた1980年の273,791人とくらべると5.2%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は19.6%です。

288,088人人口(2020年)
+5.2%1980年からの増減
14.67km²面積(国土地理院)
19,638人/km²人口密度
19.6%65歳以上の割合
288,0881980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 69.3%65歳以上 19.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:小売・飲食業やサービス業が盛んで、地域ごとに商店街が育っています。

特産品・名産

  • 八雲もちちもとのふんわりした餅菓子
  • ティーコンフェクト自由が丘モンブランの洋菓子
  • バターどら焼き玉川屋のバターを使ったどら焼き

見どころ・祭り

  • 目黒川の桜並木中目黒などの川沿いに続く桜の名所
  • 目黒不動(瀧泉寺)江戸以来の参詣地として親しまれる寺院
  • 旧前田家本邸駒場に残る重要文化財の邸宅

木シイ花ハギ鳥シジュウカラ目黒区の木・花・鳥

目黒区のなりたち

目黒区(めぐろく)は、東京都区部の区です。今の区の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。目黒村・碑衾村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の目黒区になりました。

今の名前「目黒区」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の碑衾村が約7km²だったのに対し、今の目黒区は約15km²と、およそ2.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は荏原郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
15km²今の面積
1932年いちばん新しい合併

「目黒区」という名前

目黒の地名の由来は、はっきりしていません。地形や黒い馬、目黒不動にちなむ説などがありますが、一つに定まってはいません。1190年の『吾妻鏡』には「目黒彌五郎」の名があり、中世から使われた地名です。1889年の町村制で目黒村、1922年の町制で目黒町となり、1932年には碑衾町とともに東京市へ編入されて目黒区となりました。古い地名を新区名へ受け継いでいます。

まちの成り立ち

江戸時代の目黒には農村が広がり、江戸へ野菜を送っていました。将軍の鷹狩りや、目黒不動などへの参詣で人が訪れる地域でもありました。1889年の町村制施行で、荏原郡に目黒村と碑衾村が発足しました。目黒村は上目黒、中目黒、下目黒、三田の各村から、碑衾村は碑文谷と衾の地域から成立しました。

鉄道の開通や東京の市街地の拡大に伴い、畑や竹林は住宅地へと変わっていきました。1922年12月1日に目黒村が目黒町となり、1927年4月1日には碑衾村が碑衾町となりました。1932年10月1日、両町の東京市への編入に伴って目黒区が置かれました。東京市の南西部に、新しく目黒区の区域が定まりました。1943年7月1日の都制施行で東京府と東京市が廃止され、目黒区は東京都の区となりました。1947年5月3日の地方自治法施行で目黒区は特別区となりました。

台地を目黒川や呑川の谷が刻み、坂道が地区を結んでいます。目黒不動や円融寺、旧前田家本邸など、歴史のある場所が住宅地に点在します。中目黒の川沿いには桜並木が続き、自由が丘には商店が集まります。近郊農村から住宅都市へ変わった後も、寺社と起伏のある地形がまちの特徴を保っています。

年表

  1. 1889年5月1日明治22年町村制施行で荏原郡目黒村・碑衾村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1922年12月1日大正11年目黒村が町制を施行し、目黒町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1927年4月1日昭和2年碑衾村が町制を施行し、碑衾町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1932年10月1日昭和7年目黒町・碑衾町が東京市に編入され、目黒区が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1943年7月1日昭和18年東京都制の施行で東京府と東京市が廃止され、目黒区は東京都の区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp
  6. 1947年5月3日昭和22年地方自治法が施行され、目黒区が特別区となった。種類:その他 出典:www.tokyo-23city.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

目黒区1922〜今
目黒村1889〜1932
碑衾村1889〜1932

参考にした資料