今の境港市
鳥取県の西部、弓ヶ浜半島の北端にある市です。三方を中海と日本海、その二つをつなぐ境水道に囲まれ、境水道を隔てて島根県松江市と接します。市域は砂州の上にあり、平らな土地が広がります。江戸時代から港町として栄え、現在も日本海側の重要な港です。漫画家の水木しげるの出身地で、市内には妖怪の銅像が並ぶ通りがあります。
今の境港市の区域の人口は、2020年の国勢調査で32,740人です。今の区域で数えた1980年の37,278人とくらべると12.2%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.9%です。
主な産業:境漁港を中心とする漁業と水産加工業が主な産業で、白ねぎなどの農業もあります。
特産品・名産
- ベニズワイガニ境漁港の水揚げが多いカニ
- 白ねぎ弓浜地区の砂畑で作られる
見どころ・祭り
- 水木しげるロード妖怪のブロンズ像が並ぶ通り
- 水木しげる記念館市出身の漫画家の記念館
- 海とくらしの史料館古い酒蔵を使った「水のない水族館」
- 夢みなと公園境水道に面した公園
- 弓ヶ浜白砂と松林が続く海岸
木クロマツ花キク境港市の木・花
境港市のなりたち
境港市(さかいみなとし)は、鳥取県西部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。境町・上道村・外江村・余子村・渡村・中浜村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の境港市になりました。
今の名前「境港市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の中浜村が約7km²だったのに対し、今の境港市は約29km²と、およそ4.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は西伯郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧上道村の区域には上道駅(境線)があります。旧余子村の区域には余子駅(境線)があります。旧中浜村の区域には中浜駅(境線)があります。
「境港市」という名前
「境港」の名は、港町として長く使われてきた「境」の地名に、港を表す「港」を合わせたものです。「境」の地名の由来ははっきりしていません。1954年(昭和29年)に境町など6つの町村が合わさったとき、新しい町は「境港町」と名づけられ、2年後の市制施行で境港市となりました。市名の読みは「さかいみなと」です。
まちの成り立ち
境港のある弓ヶ浜半島は、長い年月をかけて砂が積もってできた砂州です。江戸時代には鳥取藩の番所が置かれ、安来の鉄などを運ぶ千石船が行き来して栄えました。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で、会見郡に境町・渡村・外江村・上道村・下浜村・中浜村が発足しました。下浜村はすぐに余子村と名を改めています。1896年の郡の再編で西伯郡に入りました。外江村は1947年(昭和22年)11月1日に町になりました。
1954年(昭和29年)8月10日、境町・外江町・渡村・上道村・余子村・中浜村の6町村が合わさって、境港町が生まれました。合併のときから市になることが望まれていましたが、人口が3万人にわずかに届かず、次の国勢調査を待つことになりました。1956年(昭和31年)4月1日に市制を施行し、境港市となりました。県内では4番目の市です。
平成の大合併では周りと合わさらず、今の市域は境港町が生まれたときのままです。漫画家の水木しげるはこの町で育ち、市は「さかなと鬼太郎のまち」を掲げています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、会見郡に境町・渡村・外江村・上道村・下浜村・中浜村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年11月明治22年会見郡の下浜村が余子村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡の再編により、会見郡が汗入郡とあわせて西伯郡になった。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
- 1947年11月1日昭和22年西伯郡の外江村が町制を施行し、外江町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年8月10日昭和29年西伯郡の境町・外江町・渡村・上道村・余子村・中浜村が合併し、境港町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年4月1日昭和31年西伯郡の境港町が市制を施行し、境港市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.tottori.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。