今の米子市
鳥取県の西部、日本海と中海に面した市です。米子平野を日野川が流れ、南東には大山の裾野が広がり、北西には弓ヶ浜半島が伸びます。江戸時代は米子城の城下町で、商業のまち・鉄道のまちとして栄えました。米子空港や高速道路、伯備線・山陰本線が集まる山陰の交通の要です。海沿いには皆生温泉があります。
今の米子市の区域の人口は、2020年の国勢調査で147,317人です。今の区域で数えた1980年の136,053人とくらべると8.3%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.5%です。
主な産業:山陰西部の商業・交通の中心で、弓浜地区の白ねぎなどの農業もあります。
特産品・名産
- 白ねぎ弓浜地区の砂畑で作られる特産
- 弓浜絣弓ヶ浜で織られてきた木綿の絣
- 松葉ガニ冬に水揚げされるズワイガニ
見どころ・祭り
- 米子城跡中村一忠が完成させた城の跡。国の史跡
- 皆生温泉日本海に面した温泉地
- 妻木晩田遺跡弥生時代後期の大集落跡。国の史跡
- 上淀廃寺跡三つの塔と仏教壁画が出た奈良時代の寺跡
- 後藤家住宅回船問屋の家。国の重要文化財
花ツツジ鳥コハクチョウ米子市の花・鳥
米子市のなりたち
米子市(よなごし)は、鳥取県西部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、22の町村がありました。住吉村・車尾村・加茂村・福米村・福生村・五千石村・尚徳村・大篠津村・和田村・崎津村・富益村・夜見村・彦名村・巌村・成実村・宇田川村・大和村・春日村・大高村・県村・淀江町・米子町です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の米子市になりました。
今の名前「米子市」は、1920年にあった米子町の名前を受け継いでいます。ほかの21の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の米子町が約4km²だったのに対し、今の米子市は約131km²と、およそ34.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は西伯郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大篠津村の区域には大篠津町駅(境線)があります。旧和田村の区域には和田浜駅(境線)があります。旧淀江町の区域には淀江駅(山陰本線)があります。
「米子市」という名前
「米子(よなご)」の名が初めて文書に出てくるのは、およそ480年前とされます。湊山のふもとにできた町屋がそう呼ばれていました。名前の由来には色々な説があり、はっきりしていません。江戸時代の城下町の名前が、明治の米子町、昭和の米子市へと受け継がれました。2005年(平成17年)に淀江町と合わさったときも、米子市の名前がそのまま使われています。
まちの成り立ち
関ヶ原の戦いの後、伯耆の領主となった中村一忠が米子城を完成させ、城下町を整えました。のちに鳥取藩の家老荒尾氏が治め、米子は海と陸の交通に恵まれた商業の町として栄えます。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で会見郡米子町が発足し、1896年の郡の再編で西伯郡に入りました。1927年(昭和2年)4月1日に市制を施行して米子市となります。その後、1935年の住吉村を皮切りに、車尾村、加茂村・福生村・福米村を編入しました。
昭和の大合併では、1953年(昭和28年)に尚徳村・五千石村、1954年に彦名村・崎津村など8村、1956年に春日村が加わりました。1957年に県村と大高村が合わさってできた伯仙町も、1968年(昭和43年)に編入されています。
東隣の淀江町は、1955年に淀江町・大和村・宇田川村などが合わさって生まれた町です。2005年(平成17年)3月31日、米子市と淀江町が新設合併を行い、今の米子市が生まれました。米子は鉄道や道路の要となるまちで、今も山陰の商業の中心のひとつです。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、会見郡に米子町と彦名村・住吉村・崎津村・大篠津村・夜見村・富益村・和田村・加茂村・福米村・福生村・車尾村・成実村・五千石村・尚徳村・県村・古豊千村・八幡村・王子村・大高村・巌村・大和村が、汗入郡に淀江町・宇田川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡の再編により、会見郡と汗入郡が西伯郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
- 1912年2月1日明治45年西伯郡の王子村・古豊千村・八幡村が合併し、春日村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1926年9月10日大正15年西伯郡成実村の一部(陰田・西大谷・美吉・長田)が米子町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1927年4月1日昭和2年西伯郡の米子町が市制を施行し、米子市となった。種類:市制施行 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1935年9月25日昭和10年西伯郡住吉村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1936年7月15日昭和11年西伯郡車尾村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1938年3月17日昭和13年西伯郡の加茂村・福生村・福米村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1953年10月1日昭和28年西伯郡の尚徳村・五千石村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1954年6月1日昭和29年西伯郡の彦名村・崎津村・大篠津村・和田村・富益村・夜見村・巌村・成実村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1955年9月1日昭和30年西伯郡の淀江町・大和村・宇田川村と高麗村の一部(今津)が合併し、改めて淀江町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年7月10日昭和31年西伯郡春日村が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 1957年1月1日昭和32年西伯郡の県村と大高村が合併し、伯仙町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1968年4月1日昭和43年西伯郡伯仙町が米子市に編入された。種類:編入 出典:www.city.yonago.lg.jp
- 2005年3月31日平成17年米子市と西伯郡淀江町が合併し、改めて米子市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.city.yonago.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。