今の倉吉市
鳥取県の中部にある市で、県内の4市でただ一つ海に面していません。天神川と小鴨川が合わさるあたりの倉吉盆地に、打吹山のふもとから市街地が広がります。南や西は大山から続く丘陵です。白壁の土蔵が並ぶ古い町並みが残り、県中部の行政や商業の中心です。2005年に関金町を編入し、山あいの温泉地も市に加わりました。
今の倉吉市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,485人です。今の区域で数えた1980年の57,252人とくらべると18.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.8%です。
主な産業:県中部の商業の中心で、二十世紀梨などの果樹栽培を中心とする農業もあります。
特産品・名産
- 二十世紀梨県中部で多く作られる梨
- 倉吉絣山陰の三大絣の一つに数えられる織物
- 打吹公園だんご打吹公園の名を冠した名物の団子
見どころ・祭り
- 倉吉白壁土蔵群白壁の蔵が並ぶ町並み。重要伝統的建造物群保存地区
- 打吹公園打吹山のふもとの公園。桜の名所
- 関金温泉旧関金町の温泉地
- 鳥取二十世紀梨記念館梨をテーマにした博物館
- 伯耆国庁跡古代の国府の跡
木ツバキ花ツツジ鳥メジロ倉吉市の木・花・鳥
倉吉市のなりたち
倉吉市(くらよしし)は、鳥取県中部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。上灘村・小鴨村・山守村・南谷村・矢送村・上北条村・日下村・西郷村・高城村・社村・北谷村・上小鴨村・灘手村・倉吉町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の倉吉市になりました。
今の名前「倉吉市」は、1920年にあった倉吉町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は東伯郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧上灘村の区域には上灘駅(倉吉線)があります。旧小鴨村の区域には小鴨駅(倉吉線)があります。旧山守村の区域には山守駅(倉吉線)があります。旧上小鴨村の区域には上小鴨駅(倉吉線)があります。
「倉吉市」という名前
「倉吉」という名の由来ははっきりしていません。「蔵屋敷」がなまって「くらよし」になったとする説があります。「暮らし良し」から来たという話もありますが、後からの語呂合わせとみる見方もあります。打吹山の天女伝説にちなみ、天女が産んだ子の名「お倉」「お吉」から来たという話も伝わっています。
まちの成り立ち
倉吉のあたりには、奈良時代に伯耆国の国府や国分寺が置かれ、伯耆の中心でした。室町時代には守護の山名氏が打吹山に城を築き、そのふもとに町が開けます。江戸時代には鳥取藩の家老が治める陣屋町となり、商業の町として栄えました。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で久米郡倉吉町が発足し、1896年の郡の再編で東伯郡に入りました。倉吉町は1929年に上灘村、1951年に小鴨村を編入します。日下村は1944年に町になり、上井町と名を改めました。
1953年(昭和28年)10月1日、倉吉町・上井町と西郷村・上小鴨村・社村・上北条村・北谷村・高城村、それに灘手村の一部が合わさり、市制を施行して倉吉市が生まれました。県内では鳥取市・米子市に続く3番目の市です。灘手村の残りは1955年に編入されました。
南の山あいでは、1953年4月に矢送村・南谷村・山守村が合わさって関金町が生まれています。2005年(平成17年)3月22日、関金町が倉吉市に編入され、関金温泉のある地域も市の一部になりました。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、久米郡に倉吉町と小鴨村・上小鴨村・南谷村・矢送村・山守村・北谷村・社村・西志村・福米村・東志村・灘手村・上北条村・上灘村が、河村郡に西郷村・日下村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡の再編により、久米郡・河村郡・八橋郡が東伯郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
- 1917年12月1日大正6年東伯郡の西志村・福米村・東志村が合併し、高城村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1929年10月1日昭和4年東伯郡上灘村が倉吉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1944年7月1日昭和19年東伯郡の日下村が町制を施行し、上井町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年東伯郡小鴨村が倉吉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年東伯郡の矢送村・南谷村・山守村が合併し、関金町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1953年10月1日昭和28年東伯郡の倉吉町・上井町・西郷村・上小鴨村・社村・上北条村・北谷村・高城村と灘手村の一部(寺谷・上神)が合併し、市制を施行して倉吉市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年5月1日昭和30年東伯郡灘手村が倉吉市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年3月22日平成17年東伯郡関金町が倉吉市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。