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倉吉市くらよしし

1920年には14の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の倉吉市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の倉吉市

鳥取県の中部にある市で、県内の4市でただ一つ海に面していません。天神川と小鴨川が合わさるあたりの倉吉盆地に、打吹山のふもとから市街地が広がります。南や西は大山から続く丘陵です。白壁の土蔵が並ぶ古い町並みが残り、県中部の行政や商業の中心です。2005年に関金町を編入し、山あいの温泉地も市に加わりました。

今の倉吉市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,485人です。今の区域で数えた1980年の57,252人とくらべると18.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.8%です。

46,485人人口(2020年)
−18.8%1980年からの増減
272.06km²面積(国土地理院)
171人/km²人口密度
34.8%65歳以上の割合
57,3061980199020052020
15歳未満 12.4%15〜64歳 52.7%65歳以上 34.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:県中部の商業の中心で、二十世紀梨などの果樹栽培を中心とする農業もあります。

特産品・名産

  • 二十世紀梨県中部で多く作られる梨
  • 倉吉絣山陰の三大絣の一つに数えられる織物
  • 打吹公園だんご打吹公園の名を冠した名物の団子

見どころ・祭り

  • 倉吉白壁土蔵群白壁の蔵が並ぶ町並み。重要伝統的建造物群保存地区
  • 打吹公園打吹山のふもとの公園。桜の名所
  • 関金温泉旧関金町の温泉地
  • 鳥取二十世紀梨記念館梨をテーマにした博物館
  • 伯耆国庁跡古代の国府の跡

木ツバキ花ツツジ鳥メジロ倉吉市の木・花・鳥

倉吉市のなりたち

倉吉市(くらよしし)は、鳥取県中部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。上灘村・小鴨村・山守村・南谷村・矢送村・上北条村・日下村・西郷村・高城村・社村・北谷村・上小鴨村・灘手村・倉吉町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の倉吉市になりました。

今の名前「倉吉市」は、1920年にあった倉吉町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は東伯郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧上灘村の区域には上灘駅(倉吉線)があります。旧小鴨村の区域には小鴨駅(倉吉線)があります。旧山守村の区域には山守駅(倉吉線)があります。旧上小鴨村の区域には上小鴨駅(倉吉線)があります。

141920年の町村の数
7回合併・編入の回数
272km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「倉吉市」という名前

「倉吉」という名の由来ははっきりしていません。「蔵屋敷」がなまって「くらよし」になったとする説があります。「暮らし良し」から来たという話もありますが、後からの語呂合わせとみる見方もあります。打吹山の天女伝説にちなみ、天女が産んだ子の名「お倉」「お吉」から来たという話も伝わっています。

まちの成り立ち

倉吉のあたりには、奈良時代に伯耆国の国府や国分寺が置かれ、伯耆の中心でした。室町時代には守護の山名氏が打吹山に城を築き、そのふもとに町が開けます。江戸時代には鳥取藩の家老が治める陣屋町となり、商業の町として栄えました。

1889年(明治22年)10月1日の町村制で久米郡倉吉町が発足し、1896年の郡の再編で東伯郡に入りました。倉吉町は1929年に上灘村、1951年に小鴨村を編入します。日下村は1944年に町になり、上井町と名を改めました。

1953年(昭和28年)10月1日、倉吉町・上井町と西郷村・上小鴨村・社村・上北条村・北谷村・高城村、それに灘手村の一部が合わさり、市制を施行して倉吉市が生まれました。県内では鳥取市・米子市に続く3番目の市です。灘手村の残りは1955年に編入されました。

南の山あいでは、1953年4月に矢送村・南谷村・山守村が合わさって関金町が生まれています。2005年(平成17年)3月22日、関金町が倉吉市に編入され、関金温泉のある地域も市の一部になりました。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、久米郡に倉吉町と小鴨村・上小鴨村・南谷村・矢送村・山守村・北谷村・社村・西志村・福米村・東志村・灘手村・上北条村・上灘村が、河村郡に西郷村・日下村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、久米郡・河村郡・八橋郡が東伯郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  3. 1917年12月1日大正6年東伯郡の西志村・福米村・東志村が合併し、高城村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1929年10月1日昭和4年東伯郡上灘村が倉吉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1944年7月1日昭和19年東伯郡の日下村が町制を施行し、上井町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1951年4月1日昭和26年東伯郡小鴨村が倉吉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1953年4月1日昭和28年東伯郡の矢送村・南谷村・山守村が合併し、関金町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1953年10月1日昭和28年東伯郡の倉吉町・上井町・西郷村・上小鴨村・社村・上北条村・北谷村・高城村と灘手村の一部(寺谷・上神)が合併し、市制を施行して倉吉市が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1955年5月1日昭和30年東伯郡灘手村が倉吉市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 2005年3月22日平成17年東伯郡関金町が倉吉市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

倉吉町→倉吉市1889〜今
関金町1953〜2005同じ名前の駅:関金駅
山守村1889〜1953同じ名前の駅:山守駅
南谷村1889〜1953
矢送村1889〜1953
灘手村1889〜1955
上北条村1889〜1953
日下村→上井町1889〜1953
西郷村1889〜1953
高城村1917〜1953
社村1889〜1953
北谷村1889〜1953
上小鴨村1889〜1953同じ名前の駅:上小鴨駅
小鴨村1889〜1951同じ名前の駅:小鴨駅
上灘村1889〜1929同じ名前の駅:上灘駅

参考にした資料