今の日野町
鳥取県の南西部にある山あいの町で、岡山県と接しています。町の中を日野川が流れ、川沿いに根雨と黒坂の二つの町場があります。根雨は出雲街道の宿場町として栄えました。冬は雪が多い地域です。秋から春には日野川にオシドリが飛んできて、観察小屋から間近に見ることができます。町の東部は大山の南西のふもとにあたり、山あいに小さな集落が点在しています。
今の日野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,907人です。今の区域で数えた1980年の6,092人とくらべると52.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は50.6%です。
主な産業:稲作や白ねぎ栽培などの農業と林業が中心です。
特産品・名産
- 白ねぎ町が新しく育てる人を募る特産の野菜
見どころ・祭り
- 金持神社縁起のよい名で知られる神社
- 滝山公園境内に高さ70mの龍王滝がある紅葉の名所
- オシドリ観察小屋根雨の日野川に集まるオシドリを観察
- 根雨宿出雲街道の宿場町
- 近藤家住宅根雨の旧家。県指定保護文化財
木スギ花ツツジ鳥オシドリ日野町の木・花・鳥
日野町のなりたち
日野町(ひのちょう)は、鳥取県西部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。日野村・黒坂村・根雨町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の日野町になりました。
今の名前「日野町」は、1920年にあった日野町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の日野村が約26km²だったのに対し、今の日野町は約132km²と、およそ5.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は日野郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧黒坂村の区域には黒坂駅(伯備線)があります。旧根雨町の区域には根雨駅(伯備線)があります。
「日野町」という名前
町の名前は、町が属する日野郡の郡名からとられています。「日野」は古くからの地名で、平安時代の『和名類聚抄』には伯耆国日野郡の名が見えます。地名の意味ははっきりしていません。1959年(昭和34年)に根雨町と黒坂町が合わさったとき、どちらの町名もとらず、郡の名を新しい町の名にしました。
まちの成り立ち
日野町は、日野川に沿った根雨と黒坂の二つの町場を中心とする山あいの町です。根雨は江戸時代、出雲街道の主な宿場として栄えました。黒坂は、江戸時代の初めに関一政が城を構えたところです。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で、日野郡に根雨村・真住村・黒坂村・菅福村・渡村・安井村が発足しました。1913年(大正2年)、渡村と安井村が日野村に、根雨村と真住村が根雨町に、黒坂村と菅福村が新しい黒坂村になりました。黒坂村は1936年(昭和11年)1月1日に町になっています。
1953年(昭和28年)10月1日、根雨町と日野村が合わさって改めて根雨町となりました。1959年(昭和34年)5月1日には根雨町と黒坂町が合わさり、日野町が生まれました。平成の大合併では周りと合わさらず、単独の町として続いています。
2000年(平成12年)10月6日の鳥取県西部地震では、町内で震度6強のゆれを観測しました。日野川には秋から春にかけてオシドリが飛んできて、多いときには千羽ほどが集まります。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、日野郡に黒坂村・菅福村・渡村・安井村・根雨村・真住村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1913年9月1日大正2年日野郡の渡村と安井村が合併し、日野村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1913年10月17日大正2年日野郡の黒坂村と菅福村が合併して改めて黒坂村が、根雨村と真住村が合併して根雨町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1936年1月1日昭和11年日野郡の黒坂村が町制を施行し、黒坂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1953年10月1日昭和28年日野郡の根雨町と日野村が合併し、改めて根雨町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1959年5月1日昭和34年日野郡の根雨町と黒坂町が合併し、日野町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。