今の江府町
鳥取県の西部、大山の南のふもとにある町で、岡山県と接しています。日野川と支流の俣野川・船谷川などが流れ、山の斜面にはブナの森が広がります。豊かな湧き水にめぐまれ、その水を使う工場があります。町の中心の江尾には、JR伯備線と国道181号、米子自動車道が通っています。冬は雪が多く、大山の南側の鏡ヶ成にはスキー場があります。
今の江府町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,672人です。今の区域で数えた1980年の5,015人とくらべると46.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は49.1%です。
主な産業:米や野菜の農業と、奥大山の水を使う工場、スキー場などの観光があります。
特産品・名産
- 奥大山の天然水ブナの森から湧く水
- 白ネギ町で作られる野菜
- ジビエ町で捕れたイノシシやシカの肉
見どころ・祭り
- 鍵掛峠大山南壁とブナ林を望む峠
- 木谷沢渓流ブナ林の中の渓流
- 鏡ヶ成烏ヶ山のふもとの高原。スキー場がある
- 江尾十七夜500年続くと伝わるお盆の祭り
- 江府町歴史民俗資料館江美城跡に建つ資料館
木ブナ花アヤメ江府町の木・花
江府町のなりたち
江府町(こうふちょう)は、鳥取県西部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。米沢村・江尾村・神奈川村・日光村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の江府町になりました。
今の名前「江府町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の神奈川村が約47km²だったのに対し、今の江府町は約123km²と、およそ2.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は日野郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧江尾村の区域には江尾駅(伯備線)があります。
「江府町」という名前
「江府(こうふ)」は、1953年(昭和28年)に江尾町・米沢村・神奈川村が合わさって町ができたときに付けられた名前です。町の中を流れる日野川・俣野川・船谷川・小江尾川にちなみ、川が合わさって「府(中心)」となる、という意味が込められています。旧町名の江尾の「江」の字も、新しい町名に残りました。
「河川が合流し府(中心)となす」── 江府町「鳥取県江府町の概要」
まちの成り立ち
町の中心の江尾は、戦国時代の江美城の城下として開け、のちに出雲街道沿いの集落としてにぎわいました。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で、日野郡に江尾村・米沢村・神奈川村などが発足しました。米原村は1918年(大正7年)に金沢村と合わさって日光村になっています。江尾村は1947年(昭和22年)10月1日に町制を施行して江尾町となりました。
1953年(昭和28年)6月1日、江尾町・米沢村・神奈川村が合わさって江府町が生まれました。翌1954年4月1日には日光村が二つに分かれ、大河原・吉原の地区が江府町に編入されました。日光村の残りは溝口町に加わっています。それ以後、町の区域は変わっていません。
町は大山の南のふもとにあり、ブナの森から湧く豊かな水にめぐまれています。この水をいかした工場もあります。お盆の江尾十七夜は、500年続くと伝えられる夏の祭りです。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、日野郡に江尾村・米沢村・神奈川村・米原村・金沢村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1918年4月1日大正7年日野郡の米原村と金沢村が合併し、日光村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1947年10月1日昭和22年日野郡の江尾村が町制を施行し、江尾町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1953年6月1日昭和28年日野郡の江尾町・米沢村・神奈川村が合併し、江府町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.town-kofu.jp
- 1954年4月1日昭和29年日野郡日光村が分かれ、大字大河原・吉原が江府町に編入された(残りは溝口町の合併に加わった)。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。