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伯耆町ほうきちょう

1920年には8の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の伯耆町になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の伯耆町

鳥取県の西部、大山の西のふもとから日野川の流域に広がる町です。町からは「伯耆富士」とも呼ばれる大山の姿を望めます。山麓には桝水高原があり、スキー場や観光リフトがあります。日野川沿いの溝口には鬼の伝説が伝わります。2005年に岸本町と溝口町が合わさってできました。日野川沿いには、JR伯備線と米子自動車道が通っています。

今の伯耆町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,696人です。今の区域で数えた1980年の12,071人とくらべると11.4%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.8%です。

10,696人人口(2020年)
−11.4%1980年からの増減
139.44km²面積(国土地理院)
77人/km²人口密度
39.8%65歳以上の割合
12,7091980199020052020
15歳未満 12.0%15〜64歳 48.2%65歳以上 39.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業のほか、飲料などの工場や酒・地ビールの醸造、大山高原の観光があります。

特産品・名産

  • 大山Gビール町内で造られる地ビール
  • 久米桜町内の酒蔵の日本酒

見どころ・祭り

  • 植田正治写真美術館大山を望む写真家の美術館
  • 桝水高原スキー場と観光リフトのある大山の高原
  • 鬼の館溝口の鬼伝説にちなむ施設
  • 蛸舞式神事福岡神社で秋に行われる神事

木キャラボク花菜の花伯耆町の木・花

伯耆町のなりたち

伯耆町(ほうきちょう)は、鳥取県西部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。野上村・旭村・日光村・二部村・大幡村・八郷村・幡郷村・溝口村です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の伯耆町になりました。

今の名前「伯耆町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の日光村が約34km²だったのに対し、今の伯耆町は約138km²と、およそ4.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は日野郡・西伯郡に属していました。

81920年の町村の数
8回合併・編入の回数
139km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「伯耆町」という名前

「伯耆(ほうき)」は、この地方の旧国名「伯耆国」に由来します。2005年(平成17年)に岸本町と溝口町が合わさったとき、町から望む大山の姿が「伯耆富士」「伯耆大山」と呼ばれてきたことを誇りとして、この名がつけられました。伯耆国の「ほうき」という言葉のもとの意味には、いくつかの説があり、はっきりしていません。

まちの成り立ち

伯耆町は、大山の西のふもとから日野川の流域に広がる町です。日野川沿いの溝口には、鬼退治の伝説が伝わっています。

1889年(明治22年)10月1日の町村制で、日野郡に溝口村・二部村・旭村など10村が、会見郡に大幡村・幡郷村が発足しました。日野郡では明治の終わりから大正にかけて村の合併が進み、八郷村・日光村などが生まれました。1931年(昭和6年)には溝口村と旭村が合わさって溝口町になりました。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)に溝口町・二部村と日光村の一部が合わさって改めて溝口町となりました。1955年3月31日には、西伯郡の大幡村と幡郷村の一部に日野郡の八郷村が加わり、岸本町が生まれました。郡の境を越えた合併でした。

2005年(平成17年)1月1日、西伯郡の岸本町と日野郡の溝口町が合わさって、西伯郡伯耆町が生まれました。旧町の名は、JR伯備線の伯耆溝口駅と岸本駅の名に残っています。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、日野郡に溝口村・金岩村・栄村・旭村・二部村・野上村・米原村・金沢村・日吉村・吉寿村が、会見郡に大幡村・幡郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、会見郡が汗入郡とあわせて西伯郡になった。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  3. 1912年1月1日明治45年日野郡の日吉村と吉寿村が合併し、八郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1914年2月1日大正3年日野郡の溝口村・金岩村・栄村が合併し、改めて溝口村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1918年4月1日大正7年日野郡の米原村と金沢村が合併し、日光村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1921年12月1日大正10年日野郡の二部村と野上村が合併し、改めて二部村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1931年10月1日昭和6年日野郡の溝口村と旭村が合併し、溝口町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1954年4月1日昭和29年日野郡の溝口町・二部村と日光村の一部(栃原・大滝・大坂・富江・福兼・添谷・大内)が合併し、改めて溝口町が生まれた。日光村の残りは江府町に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1955年3月31日昭和30年西伯郡の大幡村と幡郷村の一部(小野・小町・金廻・大殿・坂長・岩屋谷)、日野郡の八郷村が合併し、西伯郡岸本町が生まれた。幡郷村の残り(諸木)は手間村に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1984年5月1日昭和59年日野郡溝口町が町名の読みを「みぞぐちちょう」から「みぞくちちょう」に改めた。種類:その他 出典:Wikipedia
  11. 2005年1月1日平成17年西伯郡の岸本町と日野郡の溝口町が合併し、西伯郡伯耆町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.houki-town.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

伯耆町2005〜今
溝口村→溝口町1889〜2005
日光村1918〜1954
二部村1889〜1954
野上村1889〜1921
旭村1889〜1931
岸本町1955〜2005同じ名前の駅:岸本駅
大幡村1889〜1955
八郷村1912〜1955
幡郷村1889〜1955

参考にした資料