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鳥取市とっとりし

1920年には49の町村だった区域が、26回の合併・編入を経て、今の鳥取市になりました。

49町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の鳥取市

鳥取県の東部、因幡地方の中心にある県庁所在地です。中国山地から日本海へ北に流れる千代川の流域に広がり、海沿いには鳥取砂丘があります。市街地は久松山のふもと、鳥取城の城下町から発展しました。2004年の合併で、千代川上流の山あいから海沿いまでを含む広い市になりました。市内には湖山池もあり、因幡の白兎の神話の舞台とされる白兎海岸も市の西部にあります。

今の鳥取市の区域の人口は、2020年の国勢調査で188,465人です。今の区域で数えた1980年の184,601人とくらべると2.1%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。

188,465人人口(2020年)
+2.1%1980年からの増減
765.31km²面積(国土地理院)
246人/km²人口密度
29.7%65歳以上の割合
201,7401980199020052020
15歳未満 12.8%15〜64歳 57.4%65歳以上 29.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:県東部の行政・商業の中心で、二十世紀梨やらっきょうの農業、松葉ガニの漁業もあります。

特産品・名産

  • 砂丘らっきょう鳥取砂丘一帯で育つ。花は市の花
  • 二十世紀梨市が振興に取り組む特産の梨
  • 松葉ガニ冬に水揚げされるズワイガニ

見どころ・祭り

  • 鳥取砂丘国の天然記念物。山陰海岸国立公園
  • 鳥取砂丘 砂の美術館砂の彫刻を展示する美術館
  • 鳥取城跡久松山にある国の史跡
  • 仁風閣1907年に建てられた洋風建築
  • 湖山池市の西部にある大きな池

木サザンカ花らっきょうの花鳥オオルリ鳥取市の木・花・鳥

鳥取市のなりたち

鳥取市(とっとりし)は、鳥取県東部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、49の町村がありました。富桑村・服部村・塩見村・稲葉村・中ノ郷村・美保村・賀露村・大茅村・成器村・中郷村・日置谷村・勝部村・末恒村・千代水村・湖山村・松保村・大郷村・大正村・豊実村・吉岡村・東郷村・面影村・明治村・美穂村・倉田村・大和村・神戸村・国英村・八上村・西郷村・散岐村・日置村・大村・社村・勝谷村・小鷲河村・正条村・宝木村・瑞穂村・逢坂村・米里村・宇倍野村・津ノ井村・青谷町・鹿野町・河原村・佐治村・用瀬町・鳥取市です。これらの町村が、26回の合併や編入を経て、今の鳥取市になりました。

今の名前「鳥取市」は、1920年にあった鳥取市の名前を受け継いでいます。ほかの48の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は八頭郡・岩美郡・気高郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、気高郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧末恒村の区域には末恒駅(山陰本線)があります。旧湖山村の区域には湖山駅(山陰本線)があります。旧国英村の区域には国英駅(因美線)があります。旧宝木村の区域には宝木駅(山陰本線)があります。旧津ノ井村の区域には津ノ井駅(因美線)があります。

491920年の町村の数
26回合併・編入の回数
765km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「鳥取市」という名前

「鳥取」の名は、水鳥を捕らえて朝廷に納める役目をもった「鳥取部(ととりべ)」が住んだ「鳥取郷」に由来するとされます。古代の鳥取平野には湖や沼が多く、水鳥がたくさんいました。平安時代の『和名類聚抄』にも、因幡国邑美郡の郷の一つとして鳥取の名が見えます。鳥に縁のある名前にちなんで、市は2007年(平成19年)に「市の鳥」としてオオルリを定めています。

まちの成り立ち

鳥取は、久松山の鳥取城を中心とする城下町として育ちました。江戸時代には池田氏が因幡・伯耆の二国を治める鳥取藩の本拠となり、明治維新まで続きました。

1889年(明治22年)10月1日、市制の施行で鳥取市が生まれました。周りの邑美郡・法美郡・高草郡などには、町村制で多くの村が発足しています。市は1923年(大正12年)の富桑村を皮切りに、稲葉村・中ノ郷村・美保村・賀露村を順に編入しました。

1943年(昭和18年)の鳥取大地震と1952年(昭和27年)の鳥取大火で、市街地は大きな被害を受けました。翌1953年(昭和28年)7月1日、岩美郡と気高郡の15村が一度に編入され、人口はおよそ6万3千人から9万9千人に増えました。その後も1955年に米里村、1963年に津ノ井村が加わります。

周りの町村も昭和の大合併でまとまりました。1955年に河原町・用瀬町・気高町・鹿野町が、1957年に国府町が新しく生まれています。2004年(平成16年)11月1日、国府町・福部村・河原町・用瀬町・佐治村・気高町・鹿野町・青谷町の6町2村が鳥取市に編入されました。このとき気高郡はなくなり、市域は千代川上流の山あいから日本海沿いまで広がりました。今も旧町村の名は、地区名や駅名に残っています。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年市制の施行により、邑美郡の一部から鳥取市が発足した。種類:市制施行 出典:www.city.tottori.lg.jp
  2. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、邑美郡の中ノ郷村・富桑村・美保村・三戸古村・大路村・倉田村、法美郡の稲葉村・法美村・御陵村・国府村・登儀村・上舟村・大茅村・面影村・津ノ井村、岩井郡の志保美村・元塩見村・服部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、高草郡の吉岡村・大郷村・末恒村・湖山村・賀露村・千代水村・蒲野部村・海徳村・東郷村・福富村・美穂村・大和村・岩坪村・砂見村・明治村・穏治村・豊実村・松保村と、気多郡の鹿野村・瑞穂村・光元村・宝木村・酒津村・正条村・八束水村・勝谷村・逢坂村・小鷲河村・日置村・日置谷村・青谷村・勝部村・中郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、八上郡の国英村・河原村・佐貫村・宇戸村・曳田村・五総村・明治村と、智頭郡の大村・用瀬村・社村・口佐治村・上佐治村・中佐治村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  5. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、邑美郡・法美郡・岩井郡が岩美郡に、高草郡・気多郡が気高郡に、八上郡・八東郡・智頭郡が八頭郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  6. 1899年3月18日明治32年気高郡の鹿野村が町制を施行し、鹿野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1907年4月1日明治40年岩美郡の国府村・法美村・御陵村が合併し、宇倍野村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1910年1月1日明治43年八頭郡の口佐治村・上佐治村・中佐治村が合併し、佐治村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1911年9月1日明治44年八頭郡の曳田村が八上村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  10. 1914年2月1日大正3年気高郡の明治村と穏治村が合併して改めて明治村が、光元村と宝木村が合併して改めて宝木村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 1914年4月1日大正3年気高郡の青谷村が町制を施行し、青谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  12. 1915年4月1日大正4年八頭郡の五総村と明治村が合併し、西郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 1915年6月1日大正4年気高郡の正条村と八束水村が合併し、改めて正条村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  14. 1917年9月1日大正6年岩美郡の志保美村と元塩見村が合併して塩見村が、気高郡の東郷村と福富村が合併して改めて東郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  15. 1917年10月1日大正6年気高郡の蒲野部村と海徳村が合併して大正村が、八頭郡の佐貫村と宇戸村が合併して散岐村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  16. 1918年1月1日大正7年気高郡の岩坪村と砂見村が合併し、神戸村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  17. 1918年2月11日大正7年八頭郡の用瀬村が町制を施行し、用瀬町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  18. 1918年4月1日大正7年岩美郡の登儀村と上舟村が合併して成器村が、大路村と三戸古村が合併して米里村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  19. 1923年5月10日大正12年岩美郡富桑村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  20. 1926年7月1日大正15年八頭郡の河原村が町制を施行し、河原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  21. 1928年4月1日昭和3年岩美郡の塩見村と服部村が合併し、福部村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  22. 1932年4月1日昭和7年岩美郡稲葉村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  23. 1933年4月1日昭和8年岩美郡中ノ郷村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  24. 1933年10月1日昭和8年岩美郡美保村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  25. 1937年2月15日昭和12年気高郡賀露村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  26. 1948年4月1日昭和23年気高郡の正条村が町制を施行し、浜村町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  27. 1952年11月1日昭和27年岩美郡の成器村と大茅村が合併し、大成村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  28. 1953年7月1日昭和28年岩美郡の倉田村・面影村と、気高郡の神戸村・大和村・美穂村・大正村・東郷村・明治村・豊実村・松保村・大郷村・吉岡村・千代水村・湖山村・末恒村の15村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  29. 1953年7月1日昭和28年気高郡の青谷町・勝部村・中郷村・日置谷村が合併し、改めて青谷町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  30. 1955年3月28日昭和30年八頭郡の河原町・国英村・八上村・西郷村・散岐村が合併し、改めて河原町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  31. 1955年3月31日昭和30年気高郡日置村が青谷町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  32. 1955年3月31日昭和30年八頭郡の用瀬町・大村・社村が合併し、改めて用瀬町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  33. 1955年7月1日昭和30年気高郡の浜村町・宝木村・酒津村・瑞穂村・逢坂村が合併して気高町が、鹿野町・勝谷村・小鷲河村が合併して改めて鹿野町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  34. 1955年7月20日昭和30年岩美郡米里村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  35. 1957年1月1日昭和32年岩美郡の宇倍野村と大成村が合併し、国府町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  36. 1963年4月22日昭和38年岩美郡津ノ井村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  37. 2004年11月1日平成16年岩美郡の国府町・福部村、気高郡の気高町・鹿野町・青谷町、八頭郡の河原町・用瀬町・佐治村が鳥取市に編入され、気高郡はなくなった。種類:編入 出典:www.city.tottori.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

鳥取市1889〜今
青谷町1914〜2004同じ名前の駅:青谷駅
日置村1889〜1955
中郷村1889〜1953
日置谷村1889〜1953
勝部村1889〜1953
鹿野町1899〜2004
勝谷村1889〜1955
小鷲河村1889〜1955
河原村→河原町1893〜2004
国英村1889〜1955同じ名前の駅:国英駅
八上村1911〜1955
西郷村1915〜1955
散岐村1917〜1955
佐治村1910〜2004
用瀬町1918〜2004同じ名前の駅:用瀬駅
大村1889〜1955
社村1889〜1955
福部村1928〜2004同じ名前の駅:福部駅
服部村1889〜1928
塩見村1917〜1928
気高町1955〜2004
正条村→浜村町1915〜1955
宝木村1889〜1955同じ名前の駅:宝木駅
瑞穂村1889〜1955
逢坂村1889〜1955
国府町1957〜2004
宇倍野村1907〜1957
大成村1952〜1957
大茅村1889〜1952
成器村1918〜1952
津ノ井村1889〜1963同じ名前の駅:津ノ井駅
米里村1918〜1955
末恒村1889〜1953同じ名前の駅:末恒駅
千代水村1889〜1953
湖山村1889〜1953同じ名前の駅:湖山駅
松保村1889〜1953
大郷村1889〜1953
大正村1917〜1953
豊実村1889〜1953
吉岡村1889〜1953
東郷村1889〜1953
面影村1889〜1953
明治村1889〜1953
美穂村1889〜1953
倉田村1889〜1953
大和村1889〜1953
神戸村1918〜1953
賀露村1889〜1937
美保村1889〜1933
中ノ郷村1889〜1933
稲葉村1889〜1932
富桑村1889〜1923

参考にした資料