今の鳥取市
鳥取県の東部、因幡地方の中心にある県庁所在地です。中国山地から日本海へ北に流れる千代川の流域に広がり、海沿いには鳥取砂丘があります。市街地は久松山のふもと、鳥取城の城下町から発展しました。2004年の合併で、千代川上流の山あいから海沿いまでを含む広い市になりました。市内には湖山池もあり、因幡の白兎の神話の舞台とされる白兎海岸も市の西部にあります。
今の鳥取市の区域の人口は、2020年の国勢調査で188,465人です。今の区域で数えた1980年の184,601人とくらべると2.1%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。
主な産業:県東部の行政・商業の中心で、二十世紀梨やらっきょうの農業、松葉ガニの漁業もあります。
特産品・名産
- 砂丘らっきょう鳥取砂丘一帯で育つ。花は市の花
- 二十世紀梨市が振興に取り組む特産の梨
- 松葉ガニ冬に水揚げされるズワイガニ
見どころ・祭り
- 鳥取砂丘国の天然記念物。山陰海岸国立公園
- 鳥取砂丘 砂の美術館砂の彫刻を展示する美術館
- 鳥取城跡久松山にある国の史跡
- 仁風閣1907年に建てられた洋風建築
- 湖山池市の西部にある大きな池
木サザンカ花らっきょうの花鳥オオルリ鳥取市の木・花・鳥
鳥取市のなりたち
鳥取市(とっとりし)は、鳥取県東部の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、49の町村がありました。富桑村・服部村・塩見村・稲葉村・中ノ郷村・美保村・賀露村・大茅村・成器村・中郷村・日置谷村・勝部村・末恒村・千代水村・湖山村・松保村・大郷村・大正村・豊実村・吉岡村・東郷村・面影村・明治村・美穂村・倉田村・大和村・神戸村・国英村・八上村・西郷村・散岐村・日置村・大村・社村・勝谷村・小鷲河村・正条村・宝木村・瑞穂村・逢坂村・米里村・宇倍野村・津ノ井村・青谷町・鹿野町・河原村・佐治村・用瀬町・鳥取市です。これらの町村が、26回の合併や編入を経て、今の鳥取市になりました。
今の名前「鳥取市」は、1920年にあった鳥取市の名前を受け継いでいます。ほかの48の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は八頭郡・岩美郡・気高郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、気高郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧末恒村の区域には末恒駅(山陰本線)があります。旧湖山村の区域には湖山駅(山陰本線)があります。旧国英村の区域には国英駅(因美線)があります。旧宝木村の区域には宝木駅(山陰本線)があります。旧津ノ井村の区域には津ノ井駅(因美線)があります。
「鳥取市」という名前
「鳥取」の名は、水鳥を捕らえて朝廷に納める役目をもった「鳥取部(ととりべ)」が住んだ「鳥取郷」に由来するとされます。古代の鳥取平野には湖や沼が多く、水鳥がたくさんいました。平安時代の『和名類聚抄』にも、因幡国邑美郡の郷の一つとして鳥取の名が見えます。鳥に縁のある名前にちなんで、市は2007年(平成19年)に「市の鳥」としてオオルリを定めています。
まちの成り立ち
鳥取は、久松山の鳥取城を中心とする城下町として育ちました。江戸時代には池田氏が因幡・伯耆の二国を治める鳥取藩の本拠となり、明治維新まで続きました。
1889年(明治22年)10月1日、市制の施行で鳥取市が生まれました。周りの邑美郡・法美郡・高草郡などには、町村制で多くの村が発足しています。市は1923年(大正12年)の富桑村を皮切りに、稲葉村・中ノ郷村・美保村・賀露村を順に編入しました。
1943年(昭和18年)の鳥取大地震と1952年(昭和27年)の鳥取大火で、市街地は大きな被害を受けました。翌1953年(昭和28年)7月1日、岩美郡と気高郡の15村が一度に編入され、人口はおよそ6万3千人から9万9千人に増えました。その後も1955年に米里村、1963年に津ノ井村が加わります。
周りの町村も昭和の大合併でまとまりました。1955年に河原町・用瀬町・気高町・鹿野町が、1957年に国府町が新しく生まれています。2004年(平成16年)11月1日、国府町・福部村・河原町・用瀬町・佐治村・気高町・鹿野町・青谷町の6町2村が鳥取市に編入されました。このとき気高郡はなくなり、市域は千代川上流の山あいから日本海沿いまで広がりました。今も旧町村の名は、地区名や駅名に残っています。
年表
- 1889年10月1日明治22年市制の施行により、邑美郡の一部から鳥取市が発足した。種類:市制施行 出典:www.city.tottori.lg.jp
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、邑美郡の中ノ郷村・富桑村・美保村・三戸古村・大路村・倉田村、法美郡の稲葉村・法美村・御陵村・国府村・登儀村・上舟村・大茅村・面影村・津ノ井村、岩井郡の志保美村・元塩見村・服部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、高草郡の吉岡村・大郷村・末恒村・湖山村・賀露村・千代水村・蒲野部村・海徳村・東郷村・福富村・美穂村・大和村・岩坪村・砂見村・明治村・穏治村・豊実村・松保村と、気多郡の鹿野村・瑞穂村・光元村・宝木村・酒津村・正条村・八束水村・勝谷村・逢坂村・小鷲河村・日置村・日置谷村・青谷村・勝部村・中郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、八上郡の国英村・河原村・佐貫村・宇戸村・曳田村・五総村・明治村と、智頭郡の大村・用瀬村・社村・口佐治村・上佐治村・中佐治村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡の再編により、邑美郡・法美郡・岩井郡が岩美郡に、高草郡・気多郡が気高郡に、八上郡・八東郡・智頭郡が八頭郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
- 1899年3月18日明治32年気高郡の鹿野村が町制を施行し、鹿野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1907年4月1日明治40年岩美郡の国府村・法美村・御陵村が合併し、宇倍野村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1910年1月1日明治43年八頭郡の口佐治村・上佐治村・中佐治村が合併し、佐治村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1911年9月1日明治44年八頭郡の曳田村が八上村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1914年2月1日大正3年気高郡の明治村と穏治村が合併して改めて明治村が、光元村と宝木村が合併して改めて宝木村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1914年4月1日大正3年気高郡の青谷村が町制を施行し、青谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1915年4月1日大正4年八頭郡の五総村と明治村が合併し、西郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1915年6月1日大正4年気高郡の正条村と八束水村が合併し、改めて正条村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1917年9月1日大正6年岩美郡の志保美村と元塩見村が合併して塩見村が、気高郡の東郷村と福富村が合併して改めて東郷村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1917年10月1日大正6年気高郡の蒲野部村と海徳村が合併して大正村が、八頭郡の佐貫村と宇戸村が合併して散岐村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1918年1月1日大正7年気高郡の岩坪村と砂見村が合併し、神戸村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1918年2月11日大正7年八頭郡の用瀬村が町制を施行し、用瀬町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1918年4月1日大正7年岩美郡の登儀村と上舟村が合併して成器村が、大路村と三戸古村が合併して米里村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1923年5月10日大正12年岩美郡富桑村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1926年7月1日大正15年八頭郡の河原村が町制を施行し、河原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年岩美郡の塩見村と服部村が合併し、福部村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1932年4月1日昭和7年岩美郡稲葉村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1933年4月1日昭和8年岩美郡中ノ郷村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1933年10月1日昭和8年岩美郡美保村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1937年2月15日昭和12年気高郡賀露村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1948年4月1日昭和23年気高郡の正条村が町制を施行し、浜村町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1952年11月1日昭和27年岩美郡の成器村と大茅村が合併し、大成村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1953年7月1日昭和28年岩美郡の倉田村・面影村と、気高郡の神戸村・大和村・美穂村・大正村・東郷村・明治村・豊実村・松保村・大郷村・吉岡村・千代水村・湖山村・末恒村の15村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年7月1日昭和28年気高郡の青谷町・勝部村・中郷村・日置谷村が合併し、改めて青谷町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月28日昭和30年八頭郡の河原町・国英村・八上村・西郷村・散岐村が合併し、改めて河原町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年気高郡日置村が青谷町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年八頭郡の用瀬町・大村・社村が合併し、改めて用瀬町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月1日昭和30年気高郡の浜村町・宝木村・酒津村・瑞穂村・逢坂村が合併して気高町が、鹿野町・勝谷村・小鷲河村が合併して改めて鹿野町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月20日昭和30年岩美郡米里村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年1月1日昭和32年岩美郡の宇倍野村と大成村が合併し、国府町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1963年4月22日昭和38年岩美郡津ノ井村が鳥取市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2004年11月1日平成16年岩美郡の国府町・福部村、気高郡の気高町・鹿野町・青谷町、八頭郡の河原町・用瀬町・佐治村が鳥取市に編入され、気高郡はなくなった。種類:編入 出典:www.city.tottori.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。