鳥取県 › 智頭町

智頭町ちづちょう

1920年には6の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の智頭町になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の智頭町

鳥取県の南東部にある山あいの町で、岡山県と接しています。面積の大部分を山林が占め、町の中を千代川が流れます。江戸時代は智頭往来の宿場町で、智頭宿には石谷家住宅などの古い町並みが残ります。山あいには板井原集落の昔ながらの家並みや、森林セラピーの芦津渓谷があります。「日本で最も美しい村」連合に加わっています。

今の智頭町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,427人です。今の区域で数えた1980年の11,504人とくらべると44.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.6%です。

6,427人人口(2020年)
−44.1%1980年からの増減
224.7km²面積(国土地理院)
29人/km²人口密度
43.6%65歳以上の割合
11,5041980199020052020
15歳未満 9.7%15〜64歳 46.8%65歳以上 43.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:智頭杉の林業と木材業が中心で、酒造りや宿場町・森林をいかした観光もあります。

特産品・名産

  • 智頭杉古くからの林業で育てられた杉。町の木
  • 日本酒町内の諏訪酒造で造られる酒
  • 豆腐芦津の山あいで作られる豆腐

見どころ・祭り

  • 智頭宿県内最大の宿場町の町並み
  • 石谷家住宅宿場の大庄屋の屋敷。国の重要文化財
  • 板井原集落山村の昔の家並みが残る集落
  • 芦津渓谷森林セラピーができる渓谷

木スギ花ドウダンツツジ智頭町の木・花

智頭町のなりたち

智頭町(ちづちょう)は、鳥取県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。山形村・土師村・那岐村・富沢村・山郷村・智頭町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の智頭町になりました。

今の名前「智頭町」は、1920年にあった智頭町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の智頭町が約22km²だったのに対し、今の智頭町は約222km²と、およそ10.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は八頭郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧土師村の区域には土師駅(因美線)があります。旧那岐村の区域には那岐駅(因美線)があります。旧山郷村の区域には山郷駅(智頭急行 智頭線)があります。

61920年の町村の数
4回合併・編入の回数
225km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「智頭町」という名前

「智頭(ちづ)」は、古代からの郡の名「智頭郡」に通じる古い地名ですが、名前の由来ははっきりしていません。江戸時代には鳥取城下と姫路方面を結ぶ智頭往来の宿場「智頭宿」がありました。1889年(明治22年)の町村制で、智頭宿などの区域から智頭村が生まれ、1914年(大正3年)に町になりました。この名前が、周りの村と合わさったあとも町の名として受け継がれています。

まちの成り立ち

智頭は、江戸時代に鳥取藩の参勤交代の道となった智頭往来の宿場町として栄えました。宿場の中心には大庄屋の石谷家の屋敷があり、今も古い町並みが残ります。

1889年(明治22年)10月1日の町村制で、智頭郡に智頭村・富沢村・大内村・虫井村・山郷村・中田村・那岐村が発足しました。1896年の郡の再編で八頭郡に入ります。中田村は1903年に土師村と名を改め、大内村と虫井村は明治の終わりに合わさって山形村になりました。智頭村は1914年(大正3年)6月1日に町制を施行して智頭町となります。1923年(大正12年)には因美線が開通しました。

1935年(昭和10年)2月20日、智頭町と山形村・那岐村・土師村が合わさりました。1936年には富沢村、1954年(昭和29年)7月1日には山郷村を編入し、今の町の広さになりました。平成の大合併では周りと合わさらず、単独の町として続いています。

町の大部分は山林で、智頭杉の林業が古くから盛んです。1994年(平成6年)には智頭急行が開通し、関西方面と結ばれました。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、智頭郡に智頭村・富沢村・大内村・虫井村・山郷村・中田村・那岐村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、智頭郡が八上郡・八東郡とあわせて八頭郡になった。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  3. 1903年2月24日明治36年八頭郡の中田村が土師村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  4. 1912年八頭郡の大内村と虫井村が合併し、山形村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  5. 1914年6月1日大正3年八頭郡の智頭村が町制を施行し、智頭町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1935年2月20日昭和10年八頭郡の智頭町・山形村・那岐村・土師村が合併し、改めて智頭町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1936年2月26日昭和11年八頭郡富沢村が智頭町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1954年7月1日昭和29年八頭郡山郷村が智頭町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

智頭町1914〜今
山郷村1889〜1954同じ名前の駅:山郷駅
富沢村1889〜1936
山形村1912〜1935
土師村1903〜1935同じ名前の駅:土師駅
那岐村1889〜1935同じ名前の駅:那岐駅

参考にした資料