今の若桜町
鳥取県の南東の端にある山あいの町で、兵庫県と岡山県に接しています。町の大部分が山地で、兵庫県との県境に氷ノ山がそびえ、町の中を八東川が流れます。江戸時代は若桜往来の宿場町で、蔵通りやカリヤ通りの古い町並みが残ります。若桜鉄道の終点の若桜駅には、蒸気機関車と転車台があります。冬は雪が多く、氷ノ山のふもとにはスキー場があります。
今の若桜町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,864人です。今の区域で数えた1980年の6,633人とくらべると56.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.7%です。
主な産業:林業と、氷ノ山や宿場町をいかした観光が中心です。
特産品・名産
- 鹿肉給食にも使われる町の特産
- えごま油町内で育てたえごまをしぼった油
見どころ・祭り
- 若桜宿蔵通りなどの町並み。重要伝統的建造物群保存地区
- 不動院岩屋堂岩窟の中の舞台造りの堂。国の重要文化財
- わかさ氷ノ山登山・キャンプ・スキーができる山
- 若桜駅蒸気機関車と手動式転車台がある
- 若桜鬼ヶ城跡戦国時代の山城跡。国の史跡
木サクラ若桜町の木
若桜町のなりたち
若桜町(わかさちょう)は、鳥取県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。池田村・若桜町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の若桜町になりました。
今の名前「若桜町」は、1920年にあった若桜町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の若桜町が約107km²だったのに対し、今の若桜町は約197km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は八頭郡に属していました。
「若桜町」という名前
「若桜(わかさ)」の名は、平安時代の『和名類聚抄』に八上郡の「若桜郷」として出てくるのが古い例とされます。由来にはいくつかの説があります。よく知られるのは、履中天皇の「磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)」に仕えた若桜部の人々がこの地に住み、その名が地名になったという説です。
まちの成り立ち
若桜は、戦国時代に若桜鬼ヶ城の城下町として開け、江戸時代には鳥取と播磨を結ぶ若桜往来の宿場町として栄えました。山あいの町で、古くから林業が盛んでした。
1889年(明治22年)10月1日の町村制で、八東郡に若桜村・赤松村・菅野村・池田村が発足しました。1896年の郡の再編で、八東郡は八頭郡の一部になります。1909年(明治42年)4月1日、若桜村・赤松村・菅野村が合わさって若桜町が生まれました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月1日に若桜町と池田村が合わさり、改めて若桜町が生まれました。平成の大合併のときは周りの町と合わさらず、今も単独の町です。
1930年(昭和5年)には若桜線(今の若桜鉄道)が開通し、木材の運び出しにも使われました。宿場町の蔵通りやカリヤ通りの町並みは、2021年(令和3年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、八東郡に若桜村・赤松村・菅野村・池田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡の再編により、八東郡が八上郡・智頭郡とあわせて八頭郡になった。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
- 1909年4月1日明治42年八頭郡の若桜村・赤松村・菅野村が合併し、若桜町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月1日昭和29年八頭郡の若桜町と池田村が合併し、改めて若桜町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。