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八頭町やずちょう

1920年には12の町村だった区域が、9回の合併・編入を経て、今の八頭町になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の八頭町

鳥取県の東部にある町で、八東川と私都川の流れに沿って田畑と集落が広がります。南東には扇ノ山など千メートルを超える山があります。柿・梨・ぶどう・りんごなどの果物づくりが盛んで、国道29号沿いの果樹園はフルーツロードと呼ばれます。若桜鉄道が町の中を通っています。郡家・船岡・八東の三つの地区を中心に、山あいの谷ごとに集落が広がっています。

今の八頭町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,937人です。今の区域で数えた1980年の21,303人とくらべると25.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.3%です。

15,937人人口(2020年)
−25.2%1980年からの増減
206.71km²面積(国土地理院)
77人/km²人口密度
36.3%65歳以上の割合
21,5601980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 52.0%65歳以上 36.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:稲作と、柿・梨・ぶどうなどの果樹栽培を中心とする農業が盛んです。

特産品・名産

  • こおげ花御所柿2018年に地理的表示に登録された甘柿
  • 梨フルーツロード沿いで作られる果物
  • ぶどうフルーツ狩りもできる果物

見どころ・祭り

  • 隼駅同じ名のオートバイの愛好家が集まる駅
  • 成田山青龍寺多聞天立像・持国天立像は国の重要文化財
  • やずミニSL博物館ミニSLに乗れる博物館
  • 八東ふる里の森キャンプなどができる森
  • 万代寺遺跡古代の八上郡の役所の跡とされる遺跡

木カキ花サツキ八頭町の木・花

八頭町のなりたち

八頭町(やずちょう)は、鳥取県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。賀茂村・隼村・大伊村・下私都村・国中村・大御門村・安部村・上私都村・中私都村・丹比村・船岡村・八東村です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の八頭町になりました。

今の名前「八頭町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の上私都村が約39km²だったのに対し、今の八頭町は約205km²と、およそ5.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は八頭郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧安部村の区域には安部駅(若桜鉄道 若桜線)があります。旧丹比村の区域には丹比駅(若桜鉄道 若桜線)があります。旧八東村の区域には八東駅(若桜鉄道 若桜線)があります。

121920年の町村の数
9回合併・編入の回数
207km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「八頭町」という名前

町の名前は、町が属する八頭郡の郡名と同じです。八頭郡は1896年(明治29年)に八上郡・八東郡・智頭郡が一つになって生まれました。2005年(平成17年)に郡家町・船岡町・八東町が合わさったとき、新しい町は郡の名をとって八頭町と名づけられました。郡名は旧3郡の名から字をとったとみられますが、はっきりした由来は分かっていません。

まちの成り立ち

町の中を八東川と私都川が流れ、郡家のあたりには古代の八上郡の役所の跡とみられる万代寺遺跡があります。

1889年(明治22年)10月1日の町村制で、八上郡に賀茂村・船岡村など5村、八東郡に八東村・安部村・隼村など10村が発足しました。1896年の郡の再編で八頭郡が生まれ、郡役所は賀茂村に置かれました。

昭和の大合併で、村は三つの町にまとまっていきます。賀茂村は1951年(昭和26年)に町になって郡家町と名を改め、1953年に国中村・大御門村・下私都村、1957年に上私都村・中私都村と合わさりました。船岡村は1952年に町になり、すぐに隼村・大伊村と合わさりました。八東村は1956年に安部村と合わさって八頭村となり、1959年(昭和34年)に丹比村と合わさって八東町が生まれました。

2005年(平成17年)3月31日、郡家町・船岡町・八東町の3町が合わさって、八頭町が生まれました。若桜鉄道の隼駅は、同じ名前のオートバイの愛好家が集まる駅として知られています。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、八上郡に賀茂村・国中村・船岡村・伊井田村・大江村が、八東郡に大御門村・隼村・安部村・登米村・逢郷村・八東村・小畑村・上私都村・中私都村・下私都村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、八上郡・八東郡・智頭郡が八頭郡にまとめられた。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  3. 1905年4月1日明治38年八頭郡の登米村と逢郷村が合併し、丹比村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1916年4月1日大正5年八頭郡の八東村と小畑村が合併し、改めて八東村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1918年4月1日大正7年八頭郡の伊井田村と大江村が合併し、大伊村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1951年4月1日昭和26年八頭郡の賀茂村が町制を施行し、郡家町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1952年11月1日昭和27年八頭郡の船岡村が町制を施行し、船岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1952年11月3日昭和27年八頭郡の船岡町・大伊村・隼村が合併し、改めて船岡町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1953年5月5日昭和28年八頭郡の郡家町・国中村・大御門村・下私都村が合併し、改めて郡家町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  10. 1956年3月15日昭和31年八頭郡の八東村と安部村が合併し、八頭村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  11. 1957年3月31日昭和32年八頭郡の郡家町・上私都村・中私都村が合併し、改めて郡家町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1959年5月15日昭和34年八頭郡の八頭村と丹比村が合併し、八東町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 2005年3月31日平成17年八頭郡の郡家町・船岡町・八東町が合併し、八頭町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

八頭町2005〜今
船岡村→船岡町1889〜2005
隼村1889〜1952同じ名前の駅:隼駅
大伊村1918〜1952
八東村→八東町1889〜2005同じ名前の駅:八東駅
丹比村1905〜1959同じ名前の駅:丹比駅
安部村1889〜1956同じ名前の駅:安部駅
郡家町1951〜2005同じ名前の駅:郡家駅
上私都村1889〜1957
中私都村1889〜1957
下私都村1889〜1953
国中村1889〜1953
大御門村1889〜1953
賀茂村1889〜1951

参考にした資料