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三朝町みささちょう

1920年には5の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の三朝町になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の三朝町

鳥取県の中部にある山あいの町で、岡山県と接しています。天神川の支流の三徳川や小鹿川の谷に集落が点在します。国宝の三佛寺投入堂がある三徳山や、名勝の小鹿渓があります。ラドンを多く含む三朝温泉は、三徳山とともに日本遺産に認定されています。岡山県との境に近い南部には高原が広がり、山あいの谷ごとに集落が点在しています。

今の三朝町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,060人です。今の区域で数えた1980年の8,771人とくらべると30.9%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.8%です。

6,060人人口(2020年)
−30.9%1980年からの増減
233.52km²面積(国土地理院)
26人/km²人口密度
39.8%65歳以上の割合
8,8801980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 49.0%65歳以上 39.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:三朝温泉を中心にした観光業と、地大豆などの農業が中心です。

特産品・名産

  • 三朝神倉在来の地大豆で2011年に品種登録
  • 豆乳「神のしずく」三朝神倉を使った加工品

見どころ・祭り

  • 三徳山 三佛寺投入堂国宝。日本遺産の構成文化財
  • 三朝温泉平安時代の開湯と伝わる。日本遺産の構成文化財
  • 小鹿渓名勝。日本遺産の構成文化財

木トチノキ花ホンシャクナゲ鳥ヤマセミ三朝町の木・花・鳥

三朝町のなりたち

三朝町(みささちょう)は、鳥取県中部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。三徳村・旭村・小鹿村・竹田村・三朝村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の三朝町になりました。

今の名前「三朝町」は、1920年にあった三朝村の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の三朝村が約9km²だったのに対し、今の三朝町は約231km²と、およそ25.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東伯郡に属していました。

51920年の町村の数
5回合併・編入の回数
234km²今の面積
1953年いちばん新しい合併

「三朝町」という名前

「三朝(みささ)」の名は、三朝温泉と結びついています。温泉に入って三度朝を迎えると、どんな病も治るという言い伝えがあり、これが名前の由来とされています。平安時代の終わりに、源義朝の家来が白い狼に導かれて湯を見つけたという伝説も残ります。1953年(昭和28年)に5つの村が合わさったとき、三朝村の名前が新しい町の名に選ばれました。

「平成20年11月1日に町の鳥として「ヤマセミ」を制定しました」── 三朝町「三朝町の鳥」

まちの成り立ち

三朝町は、天神川とその支流の三徳川・小鹿川の谷に集落が点在する山あいの町です。三徳山には、断崖に建つ国宝の三佛寺投入堂があります。

1889年(明治22年)10月1日の町村制で、河村郡に三朝村・三徳村・小鹿村など11の村が発足しました。1896年の郡の再編で東伯郡に入ります。その後、村どうしの合併が進みました。1907年に高勢村・賀茂村・竹田村が旭村に、1911年に西竹田村・源村・東竹田村が新しい竹田村になりました。1917年には小鹿村と神中村、鼎村と三徳村がそれぞれ合わさっています。

1953年(昭和28年)11月1日、三朝村・三徳村・小鹿村・旭村・竹田村の5村が合わさり、三朝町が生まれました。平成の大合併のときは倉吉市などとの合併協議に加わりましたが、2003年(平成15年)に協議会から離れ、単独の町として続いています。

町は2008年(平成20年)、町制55周年を記念して、町民の投票をもとにヤマセミを町の鳥に定めました。三徳山と三朝温泉は、2015年(平成27年)に日本遺産に認定されています。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、河村郡に三朝村・三徳村・鼎村・小鹿村・神中村・高勢村・賀茂村・竹田村・西竹田村・源村・東竹田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年郡の再編により、河村郡が久米郡・八橋郡とあわせて東伯郡になった。種類:郡の変更 出典:www.pref.tottori.lg.jp
  3. 1907年10月1日明治40年東伯郡の高勢村・賀茂村・竹田村が合併し、旭村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1911年1月1日明治44年東伯郡の西竹田村・源村・東竹田村が合併し、竹田村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1917年11月1日大正6年東伯郡の小鹿村と神中村が合併し、改めて小鹿村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1917年12月1日大正6年東伯郡の鼎村と三徳村が合併し、改めて三徳村が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1953年11月1日昭和28年東伯郡の三朝村・三徳村・小鹿村・旭村・竹田村が合併し、三朝町が生まれた。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

三朝村→三朝町1889〜今
三徳村1889〜1953
旭村1907〜1953
小鹿村1889〜1953
竹田村1911〜1953

参考にした資料