今の真室川町
山形県の北部、新庄盆地の北に位置し、秋田県と接する町です。西から北にかけて出羽山地、北東に神室連峰が連なり、平野は鮭川と真室川が合流する南部に広がります。北の雄勝峠を奥羽本線と国道13号が通り、県の北の玄関口になっています。町域の大部分は森林で、古くから林業が営まれてきました。農業では米や山菜のブランド化に取り組んでいます。冬には野々村のため池に白鳥が飛来します。
今の真室川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,203人です。今の区域で数えた1980年の12,888人とくらべると44.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.7%です。
主な産業:林業と、米・山菜などの農業が基盤です。
特産品・名産
- 山菜たらの芽やうるいなど
- 原木なめこ原木で栽培されるなめこ
見どころ・祭り
- 真室川梅林公園梅の名所として知られる公園
- 加無山県立自然公園全国有数の巨木群がある自然公園
- 野々村のため池冬に白鳥が飛来するため池
- 国設秋山スキー場町内の国設スキー場
- 鮭延城址鮭延秀綱が築いたと伝わる城の跡
木梅の木花梅の花鳥ウグイス真室川町の木・花・鳥
真室川町のなりたち
真室川町(まむろがわまち)は、山形県最上地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。及位村・安樂城村・眞室川村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の真室川町になりました。
今の名前「真室川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の眞室川村が約30km²だったのに対し、今の真室川町は約389km²と、およそ12.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は最上郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧及位村の区域には及位駅(奥羽本線)があります。
「真室川町」という名前
町の名は、町の中を流れて鮭川に注ぐ真室川と、1889年(明治22年)に発足した真室川村に由来します。真室川村は新町村・内町村など5つの村が合わさってでき、川の名を村の名にしました。1956年(昭和31年)に安楽城村・及位村と合併したときも、真室川町の名が受けつがれました。「真室」という言葉の意味ははっきりしていません。
まちの成り立ち
真室川は新庄盆地の北の端にあり、秋田県へ抜ける道の途中に開けた町です。戦国時代の1563年(永禄6年)には、鮭延秀綱が鮭川をのぞむ高台に鮭延城を築いたと伝えられます。
1889年(明治22年)の町村制で、最上郡に真室川村・安楽城村・及位村が発足しました。1904年(明治37年)には奥羽本線の新庄と院内の間が開通し、町の中を鉄道が通るようになりました。
1950年(昭和25年)4月1日、真室川村が町制を施行して真室川町となりました。昭和の大合併では、1956年(昭和31年)9月30日に真室川町・安楽城村・及位村の1町2村が合併し、新しい真室川町が発足しました。町章の輪は、真室川・安楽城・及位の3つの地区のつながりを表しています。
合併から10年たった1966年(昭和41年)には、町の木と町の花として梅が定められました。町域の大部分は森林で、林業と農業を土台に歩んできた町です。民謡「真室川音頭」の町としても知られています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、最上郡に真室川村・安楽城村・及位村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1950年4月1日昭和25年最上郡真室川村が町制を施行し、真室川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年最上郡の真室川町・安楽城村・及位村が合併し、新しい真室川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。