今の金山町
山形県北東部、最上地方にある町です。北東の神室連峰は秋田県との県境をなし、平野部の標高は低く、町域の4分の3を森林が占めます。町内には川が多く、沢の付く地名が目立ちます。江戸時代は羽州街道の宿場町で、金山宿には本陣と脇本陣が置かれました。金山杉の林と、白壁を使う金山型住宅が町の特色で、景観づくりに力を入れてきました。石造りの大堰と呼ばれる用水路には錦鯉が放されています。
今の金山町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,071人です。今の区域で数えた1980年の8,037人とくらべると36.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.0%です。
主な産業:森林を生かした金山杉の林業と、杉を使った住宅づくりが特色です。
特産品・名産
- 金山杉町の木にも選ばれた、まっすぐに育つ杉
見どころ・祭り
- 金山型住宅の街並み金山杉と白壁を使った切妻の家並み
- 大堰石積みの用水路に錦鯉が泳ぐ
- 楯山城址最上義光が築いた城の跡
- 神室山秋田県境にそびえる神室連峰の山
- 金山まつり町の夏の祭り
木金山杉・ぶな・やまぼうし花かたくり鳥熊鷹金山町の木・花・鳥
金山町のなりたち
金山町(かねやままち)は、山形県最上地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに金山村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は最上郡に属していました。
「金山町」という名前
町の名は、町村制の前からあった金山町村に由来します。金山町村は羽州街道の宿場「金山宿」が置かれた町場で、1889年(明治22年)にまわりの10の村とともに金山村となり、その名が今の町名に受けつがれました。「金山」という地名そのものの由来ははっきりしていません。町内には谷口銀山村という村もありました。
まちの成り立ち
金山は古くから、出羽国の南北をつなぐ道の要所でした。戦国時代には最上義光が楯山城を築き、今の町の中心部の町割りはこのころにできたといわれます。
江戸時代には羽州街道に金山宿と中田宿が置かれました。金山宿から秋田県へは険しい峠が続くため、秋田や津軽の大名が参勤交代で泊まる宿場で、本陣と脇本陣がありました。
1889年(明治22年)の町村制で、金山町村・有屋村・中田村など11の村の区域をもって最上郡金山村が発足しました。1925年(大正14年)1月1日に町制を施行し、金山町となりました。
その後、昭和の大合併でも平成の大合併でもほかの町村と合併せず、村が発足したときの区域を今も保っています。町はこのことを誇りとし、独自のまちづくりを進めてきました。1982年には全国の自治体で初めて情報公開条例を定め、1986年には街並み景観条例をつくって、金山杉と白壁を生かした家並みを育てています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、最上郡の金山町村・有屋村・下野明村・安沢村・上台村・山崎村・中田村・朴山村・飛森村・漆野村・谷口銀山村の区域に金山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1925年1月1日大正14年最上郡金山村が町制を施行し、金山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。