山形県 › 最上町

最上町もがみまち

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の最上町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の最上町

山形県北東部にある町で、周囲を奥羽山系の山に囲まれた小国盆地に位置します。他の町村とは地理的に隔たっています。町内を流れるのは最上小国川で、最上川は町域を通っていません。瀬見温泉と赤倉温泉があり、温泉とスキーが最大の産業とされます。堺田越には太平洋側と日本海側を分ける分水嶺があります。交通機関はJR陸羽東線と国道47号が中心で、宮城県との結びつきが強い町です。

今の最上町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,080人です。今の区域で数えた1980年の13,190人とくらべると38.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.3%です。

8,080人人口(2020年)
−38.7%1980年からの増減
342.2km²面積(概算)
24人/km²人口密度
40.3%65歳以上の割合
13,1901980199020052020
15歳未満 10.4%15〜64歳 49.3%65歳以上 40.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:瀬見・赤倉の温泉とスキーが最大の産業で、農業や畜産も営まれます。

特産品・名産

  • アスパラガス町が栽培に力を入れている産品
  • ヤーコンアスパラガスとともに町独自の産品

見どころ・祭り

  • 赤倉温泉最上小国川沿いの温泉
  • 瀬見温泉最上小国川沿いの温泉で、共同浴場もある
  • 旧有路家住宅芭蕉が泊まった封人の家。国の重要文化財
  • 出羽仙台街道 中山越国の史跡に指定された街道
  • 堺田越の分水嶺太平洋側と日本海側を分ける分水嶺

木梅花りんどう鳥山鳥最上町の木・花・鳥

最上町のなりたち

最上町(もがみまち)は、山形県最上地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。西小國村・東小國村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の最上町になりました。

今の名前「最上町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

1920年の時点で、この区域の町村は最上郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
342km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「最上町」という名前

最上町の名は、1954年(昭和29年)に東小国村と西小国村が合併したときにつけられました。町が属する郡の名と同じ「最上」を町名にしていますが、この名を選んだいきさつははっきりしていません。町を流れるのは最上小国川で、最上川は町の中を通っていません。今の町域は、昔は「小国郷」とよばれ、その名は川の名と旧村名に残っています。

まちの成り立ち

今の町域は、かつて小国郷とよばれました。戦国時代には細川氏が小国城を拠点としましたが、最上義光との戦いに敗れて最上氏の領地となりました。江戸時代は新庄藩の領地で、向町には物資を中継する問屋場が置かれ、堺田を越えて仙台藩へ通じる道の要所でした。町の東の境近くには、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で泊まった封人の家(旧有路家住宅)が残っています。

1889年(明治22年)の町村制で、最上郡に東小国村と西小国村が発足しました。1954年(昭和29年)9月1日、この2村が合併して最上町が発足しました。それからは区域の大きな変わりはなく、2024年には町制施行70周年を迎えました。

町は奥羽山脈の山々に囲まれた小国盆地にあります。かつては小国駒とよばれる馬の産地で、馬市が開かれていました。今は瀬見温泉と赤倉温泉の二つの温泉地をもち、陸羽東線と国道47号で宮城県とも結ばれています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、最上郡に東小国村・西小国村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1954年9月1日昭和29年最上郡の東小国村と西小国村が合併し、最上町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東小國村→東小国村→最上町1889〜今
西小國村→西小国村1889〜1954

参考にした資料