今の尾花沢市
山形県北東部、村山地方の北にある市です。尾花沢盆地に位置し、西に最上川、東に奥羽山脈があります。市内を丹生川が流れ、湖沼には徳良湖と、新鶴子ダムの平成湖があります。尾花沢牛と尾花沢スイカの産地として知られます。山あいの銀山温泉は国民保養温泉地です。江戸時代に代官陣屋が置かれ、俳人の松尾芭蕉が十泊した町でもあります。市の中心部に鉄道駅はありません。
今の尾花沢市の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,971人です。今の区域で数えた1980年の25,231人とくらべると40.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.6%です。
主な産業:尾花沢牛・スイカなどの農畜産業と、銀山温泉の観光があります。
特産品・名産
- 尾花沢牛市の名を冠した銘柄牛
- 尾花沢スイカ夏の大玉スイカ。市は「スイカのまち」を名のる
見どころ・祭り
- 銀山温泉国民保養温泉地に指定された温泉
- 延沢銀山遺跡国の史跡に指定された銀山の跡
- おばなざわ花笠まつり8月下旬に開かれる花笠の祭り
- 芭蕉・清風歴史資料館芭蕉が十泊した町の資料館
- 新鶴子ダム平成湖をたたえるダム
木ケヤキ花ツツジ尾花沢市の木・花
尾花沢市のなりたち
尾花沢市(おばなざわし)は、山形県村山地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。常盤村・福原村・宮沢村・玉野村・尾花沢町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の尾花沢市になりました。
今の名前「尾花沢市」は、1920年にあった尾花沢町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の尾花沢町が約31km²だったのに対し、今の尾花沢市は約385km²と、およそ12.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北村山郡に属していました。
「尾花沢市」という名前
市の名は、江戸時代から羽州街道の宿場町として開けた尾花沢村に由来します。1889年(明治22年)の町村制で尾花沢村・朧気村・二藤袋村・午房野村が合わさったときも尾花沢村の名が使われ、町制、合併、市制を経て今の市名に受けつがれました。「尾花沢」という地名そのものの由来ははっきりしていません。尾花はススキの穂をさす言葉です。
まちの成り立ち
江戸時代、尾花沢は羽州街道の宿場町で、1658年(万治元年)には幕府の代官陣屋が置かれました。1689年(元禄2年)には松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で訪れ、尾花沢に十泊しています。山あいには延沢銀山の跡と銀山温泉があります。
1889年(明治22年)の町村制で、北村山郡に尾花沢村・福原村・宮沢村・玉野村・常盤村が発足しました。尾花沢村は1897年(明治30年)に町制を施行して尾花沢町となりました。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)10月1日に尾花沢町と4つの村が合併し、新しい尾花沢町が発足しました。翌1955年(昭和30年)4月1日には、村山市の五十沢の一部が尾花沢町に移りました。1959年(昭和34年)4月10日に市制を施行し、尾花沢市となりました。
2000年代には大石田町との合併が話し合われましたが、実現しませんでした。市の中心部には鉄道の駅がなく、奥羽本線の大石田駅がとなりの大石田町にあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北村山郡に尾花沢村・福原村・宮沢村・玉野村・常盤村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年7月26日明治30年北村山郡尾花沢村が町制を施行し、尾花沢町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年北村山郡の尾花沢町・福原村・宮沢村・玉野村・常盤村が合併し、新しい尾花沢町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
- 1955年4月1日昭和30年村山市の一部(五十沢のうち五十沢地区・横内地区)が尾花沢町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月10日昭和34年北村山郡尾花沢町が市制を施行し、尾花沢市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.yamagata.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。