今の東根市
山形県の中央部、山形盆地の北部にある市です。東は奥羽山脈で、乱川などがつくった県内最大の扇状地に市街地と果樹園が広がります。西の端を最上川が流れます。さくらんぼやりんごなど、山形県でも有数の果樹の産地です。市内には山形空港があり、山形新幹線のさくらんぼ東根駅や東北中央自動車道も通る交通の拠点です。東根小学校の校庭には、国の特別天然記念物の大ケヤキがそびえます。
今の東根市の区域の人口は、2020年の国勢調査で47,682人です。今の区域で数えた1980年の40,559人とくらべると17.6%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.4%です。
主な産業:さくらんぼやりんごなどの果樹栽培と、工業団地のハイテク産業が盛んです。
特産品・名産
- さくらんぼ「東根さくらんぼ」として地理的表示(GI)に登録
- りんごさくらんぼと並ぶ市の代表的な果物
- 焼き麩羽州街道の宿場だった六田で作られる
見どころ・祭り
- 東根の大ケヤキ東根小学校の校庭に立つ国の特別天然記念物
- さくらんぼ東根温泉市街地にある温泉街
- 龍興寺沼小田島長義ゆかりの沼
- 山形空港市の南西にある県の空の玄関
木けやき花さくらんぼ東根市の木・花
東根市のなりたち
東根市(ひがしねし)は、山形県村山地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。長瀞村・小田島村・東郷村・高崎村・大富村・東根町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の東根市になりました。
今の名前「東根市」は、1920年にあった東根町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は北村山郡に属していました。
「東根市」という名前
市の名は、明治の町村制で生まれた東根村から受けつがれています。市の説明によると、大昔、村山盆地の真ん中には「藻が湖(もがうみ)」という大きな湖があり、その東に連なる奥羽山脈のふもとで最も早く開けた所を東根と呼んだと伝えられています。最上川の対岸の寒河江市には、西根という地名があります。1954年(昭和29年)に6つの町村が合併したときも、東根の名が残されました。
まちの成り立ち
東根の扇状地には縄文時代からの遺跡が多く、平安時代には小田島荘という荘園が開かれました。南北朝時代には小田島長義がこの地を治め、東根小学校の校庭に立つ大ケヤキは、長義が城を築いたころすでに大木だったと伝えられます。室町時代には天童氏の一族が東根氏を名乗り、のちに最上氏に仕えました。
江戸時代には幕府の領地となって東根に代官の陣屋が置かれ、1798年(寛政10年)からは長瀞藩の陣屋も置かれました。六田は羽州街道の宿場でした。
1889年(明治22年)の町村制で、東根村・東郷村・高崎村・大富村・小田島村・長瀞村の6村が発足し、1896年(明治29年)に東根村が町制を施行して東根町になりました。1954年(昭和29年)8月1日、この6町村が合併して新しい東根町が発足し、1958年(昭和33年)11月3日に市制を施行して東根市となりました。
乱川の扇状地は水の便が悪く、果樹の産地として大きく育ったのは近代になってからです。今はさくらんぼやりんごの産地として知られ、山形空港や工業団地、さくらんぼ東根駅のある町として発展しています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北村山郡に東根村・東郷村・高崎村・大富村・小田島村・長瀞村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.higashine.yamagata.jp
- 1896年6月15日明治29年北村山郡東根村が町制を施行し、東根町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年8月1日昭和29年北村山郡の東根町・東郷村・高崎村・大富村・小田島村・長瀞村が合併し、新しい東根町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
- 1958年11月3日昭和33年北村山郡東根町が市制を施行し、東根市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.yamagata.jp
- 1969年5月1日昭和44年東根市と河北町のあいだで境界が変更され、河北町の一部(大字谷地の一部)が東根市に入った。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
- 2001年11月6日平成13年天童市の一部(大字乱川の飛地)が東根市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。