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県境を越えた合併 ― 地図の線が動いたとき

まちの系譜・読み物 更新:2026-10-24

市町村の合併は、ふつう同じ都道府県の中で行われます。県境を越える合併には、両方の県の議会の議決など、いくつもの手続きが必要になるからです。それでも、まちの系譜の年表をたどると、県境の線が動いた例がいくつも見つかります。郡ごとほかの府県へ移った明治の移管、川の流れに合わせた境界の整理、そして住民の暮らしの結びつきから県境を越えた村の合併です。この記事では、それぞれの経緯を年表と資料から見ていきます。

1893年、三多摩が東京府へ

いちばん大きく県境が動いたのは、1893年4月1日です。西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡の三つの郡、いわゆる三多摩が、神奈川県から東京府へ移されました。八王子町や立川村、武蔵野村、田無町などが、このとき東京府の町村になっています。町村そのものは合併せず、郡ごと所属する府県が変わった移管です。

移管の理由として広く知られているのは、東京の水源である多摩川と玉川上水を東京府で管理するため、という説明です。このほか、自由民権運動がさかんだった多摩の政治の事情が関わったとする見方もあります。

三多摩の移管には加わらず、あとから東京府に入った村もあります。今の西東京市の東側にあたる保谷村は埼玉県に属していましたが、1907年4月1日に東京府北多摩郡へ移りました。同じ西東京市の田無町とは、14年遅れで同じ府に入ったことになります。

川の流れに合わせた境界の整理

利根川や江戸川の流域では、川を境に県境をそろえる整理が何度も行われました。1899年4月1日には、千葉県香取郡の十余島村と、神崎町・本新島村・新島村・佐原町の一部が茨城県に移り、利根川の北側に十余島村と本新島村ができました。今の茨城県稲敷市の一部です。

1895年には、千葉県の関宿町のうち権現堂川より北の区域が茨城県の五霞村に、向河岸・向下河岸が埼玉県の豊岡村(今の杉戸町)に編入されています。最近の例では、2010年3月1日に群馬県太田市と埼玉県深谷市の間で、利根川をはさんで区域の一部を交換しました。

昭和の大合併と越県合併

村が丸ごと県境を越えた例は、昭和の大合併の時期に集中しています。1958年4月1日、京都府南桑田郡の樫田村が大阪府の高槻市に編入されました。樫田村は地形や経済の面で高槻とのつながりが強く、住民の約8割が高槻市への合併に賛成したとされています。同じ日には、京都府亀岡市の西別院町の牧と寺田の大部分も、大阪府の東能勢村(今の豊能町)に移りました。

1958年10月15日には、三つの村が同じ日に県境を越えています。福井県大野郡の石徹白村は、県が進める隣村との合併に反対し、岐阜県の白鳥町との合併を望みました。話はまとまらず、自治庁の裁定によって三面と小谷堂の2集落が福井県の和泉村に、残りが白鳥町(今の郡上市)に編入されました。

長野県西筑摩郡の神坂村は、前日の10月14日に馬籠など旧馬籠村の区域を同じ長野県の山口村に移したうえで、残りの区域が岐阜県の中津川市に編入されました。埼玉県入間郡の元狭山村は、村議会が東京都の瑞穂町への合併を決めたのに対し、埼玉県は県内の武蔵町への合併を求めました。結局、村の約3分の1が武蔵町に、残りが瑞穂町に分かれて編入されています。

1959年1月1日には、栃木県足利郡の菱村が群馬県の桐生市に編入されました。菱村は古くから桐生の経済圏にあり、県境だった桐生川の管理を一本にまとめることも理由に挙げられています。

平成でただひとつ ― 山口村と馬籠

2005年2月13日、長野県木曽郡の山口村が岐阜県の中津川市に編入されました。山口村の大部分は中津川市と地続きで、昔から長野県より岐阜県との結びつきが強かったことが、最大の理由とされています。村が丸ごと県境を越えるのは1959年の菱村以来46年ぶりで、平成の大合併ではただひとつの例です。

この合併で、島崎藤村の故郷として知られる中山道の馬籠宿も岐阜県に入りました。1958年に神坂村から山口村へ移った馬籠が、半世紀を経て中津川市に加わり、旧神坂村の区域はすべて中津川市にそろったことになります。

県境を越えたおもな例

まちの系譜の年表から、県境を越えて区域が移ったおもな例を年代順に並べました。三多摩の移管や川沿いの細かな境界の整理は、代表的なものだけを載せています。

年月日移った区域移った先(今の市町村)
1893年4月1日神奈川県の三多摩(3郡)東京府(今の多摩地域)
1896年4月1日岡山県吉野郡石井村兵庫県佐用郡(佐用町)
1899年4月1日千葉県十余島村など茨城県(稲敷市)
1907年4月1日埼玉県保谷村東京府北多摩郡(西東京市)
1926年10月1日埼玉県横曽根村の浮間東京府岩淵町(北区)
1955年4月1日岐阜県三濃村の野原・浅谷愛知県旭村(豊田市)
1958年4月1日京都府樫田村大阪府高槻市
1958年10月15日長野県神坂村(馬籠を除く)岐阜県中津川市
1958年10月15日福井県石徹白村(2集落を除く)岐阜県白鳥町(郡上市)
1958年10月15日埼玉県元狭山村(約3分の2)東京都瑞穂町
1959年1月1日栃木県菱村群馬県桐生市
1963年9月1日岡山県日生町の福浦(寺山を除く)兵庫県赤穂市
1968年4月1日栃木県田沼町の入飛駒群馬県桐生市
2005年2月13日長野県山口村岐阜県中津川市
2010年3月1日太田市・深谷市の一部を交換群馬県太田市・埼玉県深谷市

この記事の数字について

日付と区域は、まちの系譜の各市町村の年表によります。合併の理由は、年表の出典や百科事典の記述にある範囲で紹介しています。

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出典・参考