今の豊田市
愛知県の西三河にあり、トヨタ自動車の企業城下町として知られるまちです。県内で名古屋市に次ぐ規模の都市で、面積は県内で最も広く、中核市にも指定されています。矢作川沿いに中心市街地が広がり、2005年の合併で足助・旭・稲武などの山間部も加わりました。足助の香嵐渓や小原の四季桜など、山あいの景勝地もあります。
今の豊田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で422,330人です。今の区域で数えた1980年の315,871人とくらべると33.7%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は23.4%です。
主な産業:自動車産業(トヨタ自動車とその関連企業)、梨・桃などの果樹栽培
特産品・名産
- 小原和紙小原地区の和紙。名物・名産として挙げられる
- 五平餅名物・名産として挙げられる
- からすみ名物・名産として挙げられる郷土菓子
- 梨・桃主に猿投地区で栽培され、市は県内1位の産地とされる
見どころ・祭り
- 香嵐渓足助地区の景勝地。もみじやカタクリで知られる
- 豊田スタジアム2001年開場。ラグビーワールドカップ2019の会場にもなった
- 豊田市美術館谷口吉生設計、1995年開館
- 豊田おいでんまつり花火大会7月最後の週の日曜日
- 松平郷松平氏ゆかりの地。松平郷館がある
木ケヤキ花ヒマワリ豊田市の木・花
豊田市のなりたち
豊田市(とよたし)は、愛知県西三河地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。稲橋村・武節村・保見村・石野村・三濃村・阿摺村・賀茂村・盛岡村・下山村・高橋村・挙母町・上郷村・高岡村・猿投村・松平村・小原村・藤岡村・旭村・足助町・下山村です。これらの町村が、17回の合併や編入を経て、今の豊田市になりました。
今の名前「豊田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの20の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の下山村が約104km²だったのに対し、今の豊田市は約908km²と、およそ8.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北設楽郡・岐阜県恵那郡・東加茂郡・碧海郡・西加茂郡・額田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東加茂郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました、碧海郡は1970年(昭和45年)12月1日に廃止されました、西加茂郡は2010年(平成22年)1月4日に廃止されました。
この区域には、もとは愛知県ではなかった土地も含まれています。岐阜県の三濃村がそれで、県境を越えた合併(越境合併)によって愛知県に加わりました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧保見村の区域には保見駅(愛知環状鉄道線)があります。
「豊田市」という名前
市名の「豊田」は、市内に本社を置くトヨタ自動車と、その創業者一族の姓「豊田(とよだ)」にちなみます。1951年(昭和26年)に市制を施行したときの名前は「挙母市(ころもし)」でした。自動車産業が軌道に乗った1958年(昭和33年)、商工会議所が市名の変更を請願します。全国有数の「クルマのまち」に育ったことに加え、「挙母」が読みにくく、長野県の小諸(こもろ)と取り違えられることもあったためです。古代からの地名「挙母」に愛着を持つ市民も多く、賛否で市を二分するほどの議論になりましたが、1959年(昭和34年)1月1日に豊田市へ改められました。
まちの成り立ち
江戸時代の挙母は挙母藩の城下町でした。1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の市域には西加茂郡・東加茂郡・碧海郡・北設楽郡にまたがる数多くの村が生まれ、挙母村は1892年に町制を施行して挙母町となります。1906年(明治39年)には各郡で村々がまとまり、挙母町・高橋村・猿投村・石野村・保見村・小原村・藤岡村、松平村・下山村・旭村、上郷村・高岡村などができました。1951年(昭和26年)3月1日、挙母町が市制を施行して挙母市となり、1956年に高橋村を編入、1959年(昭和34年)1月1日に市名を豊田市と改めます。その後、碧海郡の上郷町(1964年)・高岡町(1965年)、西加茂郡の猿投町(1967年)、東加茂郡の松平町(1970年)を次々に編入しました。平成の大合併では、2005年(平成17年)4月1日に西加茂郡の藤岡町・小原村と東加茂郡の足助町・下山村・旭町・稲武町の6町村を編入し、東加茂郡はなくなりました。合併を話し合う協議会には西加茂郡三好町も加わっていましたが、2003年に離脱しています。この合併で豊田市は愛知県でいちばん広い市になりました。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、西加茂郡に挙母村・梅坪村・宮口村・逢妻村・根川村・伊保村・橋見村・広沢村・上郷村・藤河村・高岡村・豊原村・福原村・清原村・本城村・富貴下村・石下瀬村・中野村・七重村・四谷村・平井村・寺部村・市木村・上野山村・渋川村・益富村・野見村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、東加茂郡に足助村・穂積村・志賀村・小川村・松平村・豊栄村・盛岡村・大沼村・下山村・富義村・金沢村・賀茂村・伊勢神村・築羽村・介木村・生駒村・野見村・阿摺村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、碧海郡に若園村・和会村・上野村・枡塚村・畝部村・寿恵野村・竹村・堤村・駒場村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、北設楽郡に稲橋村・武節村(東加茂郡富永村を含む)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1890年12月17日明治23年東加茂郡足助村が町制を施行し、足助町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1892年1月29日明治25年西加茂郡挙母村が町制を施行し、挙母町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1893年2月3日明治26年東加茂郡賀茂村の一部(久木・林間・北小田・福知・豊岡・新盛・玉野)が分かれて大和村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1894年6月4日明治27年東加茂郡阿摺村が分割され、一部が瑞穂村として分立し、残り(広岡・月原)が阿摺村となった。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年東加茂郡で阿摺村・瑞穂村・大和村が合併して阿摺村、賀茂村・伊勢神村と金沢村の一部が合併して賀茂村、盛岡村と金沢村・穂積村・豊栄村の各一部が合併して盛岡村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年東加茂郡で松平村・小川村・志賀村と穂積村・豊栄村の各一部が合併して松平村、下山村・大沼村・富義村が合併して下山村、野見村・生駒村・介木村・築羽村が合併して旭村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年碧海郡畝部村・寿恵野村・枡塚村・上野村・和会村が合併して上郷村が、駒場村・若園村・堤村・竹村が合併して高岡村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年西加茂郡挙母町・梅坪村・根川村・宮口村・逢妻村が合併して改めて挙母町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年西加茂郡益富村・野見村・寺部村・渋川村・上野山村・市木村・平井村と四谷村の一部が合併して高橋村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年西加茂郡七重村・石下瀬村・中野村と富貴下村・四谷村の各一部が合併して石野村が、富貴下村の一部・広沢村・上郷村が合併して猿投村が、橋見村・伊保村が合併して保見村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年西加茂郡豊原村・福原村・清原村・本城村が合併して小原村が、藤河村・高岡村と富貴下村の一部が合併して藤岡村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1940年5月10日昭和15年北設楽郡稲橋村・武節村が合併して稲武町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年3月1日昭和26年西加茂郡挙母町が市制を施行し、挙母市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年西加茂郡猿投村が町制を施行し、猿投町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年西加茂郡猿投町・保見村・石野村が合併して改めて猿投町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年東加茂郡足助町・盛岡村・賀茂村・阿摺村が合併して改めて足助町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年岐阜県恵那郡三濃村の一部(浅谷・野原)が東加茂郡旭村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
- 1956年5月1日昭和31年碧海郡高岡村が町制を施行し、高岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年西加茂郡高橋村が挙母市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年額田郡下山村の一部(蕪木・田折・蘭・田代)が東加茂郡下山村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1959年1月1日昭和34年挙母市が市名を変更し、豊田市となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1961年4月1日昭和36年碧海郡上郷村が町制を施行し、上郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1961年11月1日昭和36年東加茂郡松平村が町制を施行し、松平町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1964年3月1日昭和39年碧海郡上郷町が豊田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1965年9月1日昭和40年碧海郡高岡町が豊田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1967年4月1日昭和42年西加茂郡猿投町が豊田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1967年4月1日昭和42年東加茂郡旭村が町制を施行し、旭町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1970年4月1日昭和45年東加茂郡松平町が豊田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1978年4月1日昭和53年西加茂郡藤岡村が町制を施行し、藤岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2003年10月1日平成15年稲武町の所属郡が北設楽郡から東加茂郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年西加茂郡藤岡町・小原村と東加茂郡足助町・下山村・旭町・稲武町が豊田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。