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みよし市みよしし

みよし市がたどってきた合併の歴史です。

1町村から

今のみよし市

愛知県のほぼ中央、名古屋市に近い所にあり、市のほとんどが岡崎平野の端にあたる平地で、北部は尾張丘陵の端にあたる山林が多く残ります。市の中央の三好池や保田ヶ池が知られ、東郷町との境を二級河川の境川が流れます。かつては台地上の農業地域でしたが、1961年の愛知用水の通水で果樹・野菜栽培が盛んになりました。トヨタ自動車の工場などが立地し、大型商業施設もある、工業と住宅のまちです。

今のみよし市の区域の人口は、2020年の国勢調査で61,952人です。今の区域で数えた1980年の28,552人とくらべると117.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は18.6%です。

61,952人人口(2020年)
+117.0%1980年からの増減
32.19km²面積(国土地理院)
1,925人/km²人口密度
18.6%65歳以上の割合
61,9521980199020052020
15歳未満 14.9%15〜64歳 66.4%65歳以上 18.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:トヨタ自動車の工場など自動車関連の製造業が立地。

見どころ・祭り

  • 三好大提灯まつり大提灯は2017年に世界最大の吊り提灯としてギネス認定
  • 三好池約2,000本の桜が植えられている
  • 保田ヶ池2004年にカヌーポロ世界選手権が開催
  • 黒笹27号窯・90号窯平安時代の窯跡。ともに市指定史跡

木ミカワクロマツ花サツキみよし市の木・花

みよし市のなりたち

みよし市(みよしし)は、愛知県西三河地方の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では三好村でした。

1920年の時点で、この区域の町村は西加茂郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、西加茂郡は2010年(平成22年)1月4日に廃止されました。

11920年の町村の数
1回合併・編入の回数
32km²今の面積
1906年いちばん新しい合併

「みよし市」という名前

「三好」の名は、僧の行観(自達坊)の出身地である三河国の鳳来寺付近の「三吉」にちなむといわれ、寛文年間(1661〜1673年)に「三好」と改められたとされます。市名をひらがなの「みよし」にしたのは、市制施行にあたって徳島県にすでに三好市があり、同じ漢字の市名を避けるよう求めた1970年の自治省通知に触れる問題があったためです。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、西加茂郡に三好村・莇生村・明越村の3村が生まれました。1906年(明治39年)7月1日にこの3村が合併して改めて三好村となり、今の市域ができあがります。1958年(昭和33年)4月1日に町制を施行して三好町となりました。1961年の愛知用水の通水で畑作が盛んになり、のちにトヨタ自動車の工場が進出して人口が増えていきます。平成の大合併では豊田加茂合併協議会に加わりましたが、2003年の町民アンケートで豊田市との合併より単独での市制を望む声が多かったことから、同年8月に協議会を離れました。2005年のアンケートでは町制維持がわずかに上回り、いったん市制は見送られます。その後、郡部に残る利点が薄れたと判断して再び市制を目指し、徳島県三好市との同名の問題を、ひらがなの市名にすることで解決しました。2010年(平成22年)1月4日にみよし町へ改称すると同時に市制を施行してみよし市となり、これで西加茂郡は消滅しました。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、西加茂郡に三好村(三好村・福田村・西一色村が合併)・莇生村(莇生村・福谷村・黒笹村が合併)・明越村(明知村・打越村が合併)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1906年7月1日明治39年西加茂郡の三好村・莇生村・明越村が合併し、改めて三好村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1958年4月1日昭和33年三好村が町制を施行し、三好町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 2010年1月4日平成22年三好町がみよし町に改称すると同時に市制を施行してみよし市となり、西加茂郡は消滅した。種類:市制施行 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

三好村→三好町→みよし市1889〜今

参考にした資料