今の東郷町
愛知県のほぼ中央、尾張国と三河国の境をなす境川から、尾張丘陵にかけて広がる町です。町内を愛知用水の幹線が通り、北東端には調整池として造成された愛知池があります。西は名古屋市緑区、北は日進市、東はみよし市、南は豊明市に接し、1960年代以降の丘陵の宅地開発で人口が急増した、名古屋のベッドタウンです。2020年には大型商業施設ららぽーと愛知東郷が開業しました。
今の東郷町の区域の人口は、2020年の国勢調査で43,903人です。今の区域で数えた1980年の22,125人とくらべると98.4%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.8%です。
主な産業:名古屋のベッドタウン。商業施設・工場の立地も。
見どころ・祭り
- 愛知池愛知用水の調整池。漕艇場があり中日本レガッタが開かれる
- 祐福寺勅使門などが県指定文化財。参道の一里塚も県指定
- 傍示本城跡小牧・長久手の戦い(1584年)にかかわる城跡
- 名古屋ゴルフ倶楽部・和合コース1929年開場。中日クラウンズの会場
木モッコク花アヤメ東郷町の木・花
東郷町のなりたち
東郷町(とうごうちょう)は、愛知県尾張地方の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では東郷村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は愛知郡に属していました。
「東郷町」という名前
「東郷」の名は、1906年(明治39年)に諸和村と春木村が合併したときに付けられました。『東郷町誌』によると、名前選びは難航しましたが、愛知郡の東部、また尾張国の東部にあたることから、「東の郷」として「東郷」と名付けたとされます。旧2村のどちらの名も使わず、土地の位置にちなんだ名です。
まちの成り立ち
明治の初め、今の町域には諸輪村・和合村・傍示本村・祐福寺村・部田村がありました。1878年(明治11年)に傍示本村・祐福寺村・部田村が合併して春木村となり、1889年(明治22年)の町村制施行で諸輪村と和合村が合併して諸和村となります。1906年(明治39年)5月10日に諸和村と春木村が合併して愛知郡東郷村が発足しました。1929年(昭和4年)には和合に名古屋ゴルフ倶楽部の和合コースが開場し、1961年には愛知用水の調整池として愛知池が完成します。1964年に名古屋都市計画区域に組み込まれると丘陵の宅地開発が進んで人口が急増し、1970年(昭和45年)4月1日に町制を施行して東郷町となりました。平成の大合併のころには、住民有志が名古屋市との合併協議会の設置を直接請求しましたが、日進市・豊明市・長久手町での同じような動きとともに、名古屋市長が時期尚早として断り、実現しませんでした。2008年からは中心市街地をつくる「セントラル開発」が進められ、2020年にはららぽーと愛知東郷が開業しています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、愛知郡の諸輪村と和合村が合併して諸和村が発足し、春木村(1878年に傍示本村・祐福寺村・部田村が合併)は単独で村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1906年5月10日明治39年愛知郡の諸和村と春木村が合併し、東郷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1970年4月1日昭和45年東郷村が町制を施行し、東郷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。