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長久手市ながくてし

長久手市がたどってきた合併の歴史です。

1町村から

今の長久手市

愛知県の中西部、名古屋市の東に隣接する市で、尾張丘陵と尾張平野が接する位置にあり、地形は複雑です。名古屋市のベッドタウンで、土地区画整理事業で町が発展した「区画整理のまち」ともいわれます。2005年の愛知万博の会場の一つで、会場跡は愛・地球博記念公園(モリコロパーク)になり、日本初の実用的な磁気浮上式鉄道リニモも走ります。小牧・長久手の戦いの古戦場でもあります。

今の長久手市の区域の人口は、2020年の国勢調査で60,162人です。今の区域で数えた1980年の18,610人とくらべると223.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は17.5%です。

60,162人人口(2020年)
+223.3%1980年からの増減
21.55km²面積(国土地理院)
2,792人/km²人口密度
17.5%65歳以上の割合
60,1621980199020052020
15歳未満 18.0%15〜64歳 64.5%65歳以上 17.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:名古屋のベッドタウン。商業施設や研究・事業所が立地。

見どころ・祭り

  • 長久手古戦場小牧・長久手の戦いの古戦場。御旗山・首塚・色金山とあわせて国の史跡
  • 愛・地球博記念公園(モリコロパーク)愛知万博の会場跡に整備された公園
  • 色金山歴史公園国の史跡「長久手古戦場」の一部。展望台がある
  • 長久手の警固祭り県指定の無形民俗文化財
  • 岩作のオマント県指定の無形民俗文化財

木カエデ花サツキ長久手市の木・花

長久手市のなりたち

長久手市(ながくてし)は、愛知県尾張地方の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では長久手村でした。

1920年の時点で、この区域の町村は愛知郡に属していました。

11920年の町村の数
1回合併・編入の回数
22km²今の面積
1906年いちばん新しい合併

「長久手市」という名前

「長久手」は、もとは「長湫」と書かれた地名です。「くて」は湿地を指す言葉とされ、細長く延びた低湿地を表した名と説明されています。1889年(明治22年)の町村制では長湫村の名が使われ、1906年(明治39年)の合併で生まれた村に「長久手」の表記が採られました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、愛知郡に長湫村・岩作村・上郷村(熊張村と前熊村が合併)が生まれました。1906年(明治39年)5月10日、郡内で一斉に行われた町村合併の一つとして3村が合併し、長久手村が発足します。昭和の大合併でも周りとは合併せず、1971年(昭和46年)4月1日に町制を施行して長久手町となりました。名古屋市の東に接する立地から住宅地の開発が進み、土地区画整理事業で町がつくられた「区画整理のまち」とも呼ばれます。2005年(平成17年)には瀬戸市とともに愛・地球博(愛知万博)の会場となり、リニモが開業しました。2008年(平成20年)に推計人口が5万人を超え、2012年(平成24年)1月4日に単独で市制を施行して長久手市となっています。市域は1906年の長久手村から変わっていません。1584年(天正12年)の小牧・長久手の戦いの舞台で、古戦場一帯は国の史跡に指定されています。旧村の名は岩作・前熊・熊張などの地名に残っています。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、愛知郡に長湫村・岩作村・上郷村(熊張村と前熊村が合併)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1906年5月10日明治39年愛知郡の長湫村・上郷村・岩作村が合併し、長久手村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1971年4月1日昭和46年長久手村が町制を施行し、長久手町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 2012年1月4日平成24年長久手町が市制を施行し、長久手市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

長久手村→長久手町→長久手市1906〜今

参考にした資料