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瀬戸市せとし

1920年には5の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の瀬戸市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の瀬戸市

愛知県の北東部、尾張丘陵の一角に位置し、矢田川の支流の瀬戸川の河岸に中心市街地があります。日本有数の焼き物「瀬戸焼」の産地で、市内には陶土や珪砂を採る採掘場、登り窯の跡、窯垣の小径などが残ります。ニュータウンの開発が進んだ南部は名古屋市のベッドタウンとなっていて、愛・地球博(愛知万博)の会場の一つにもなりました。自然も豊かで、蛇ヶ洞川にはオオサンショウウオが生息します。

今の瀬戸市の区域の人口は、2020年の国勢調査で127,792人です。今の区域で数えた1980年の120,774人とくらべると5.8%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.1%です。

127,792人人口(2020年)
+5.8%1980年からの増減
111.4km²面積(国土地理院)
1,147人/km²人口密度
30.1%65歳以上の割合
132,2241980199020052020
15歳未満 12.5%15〜64歳 57.4%65歳以上 30.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:瀬戸焼など窯業のまち。ベッドタウン化も進む。

特産品・名産

  • 瀬戸焼日本有数の陶磁器である瀬戸焼の産地
  • 赤津焼市の名産品として紹介
  • 瀬戸しょうゆ焼きそば郷土食として紹介

見どころ・祭り

  • せともの祭1932年に始まる。毎年9月第2土日
  • 窯垣の小径窯道具を積んだ塀が続く散策路
  • 陶土珪砂採掘場(瀬戸グランドキャニオン)観光スポットとして紹介
  • 小長曽陶器窯跡国指定史跡の窯跡
  • 定光寺本堂は重要文化財

木クロガネモチ花ツバキ瀬戸市の木・花

瀬戸市のなりたち

瀬戸市(せとし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。赤津村・水野村・幡山村・品野村・瀬戸町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の瀬戸市になりました。

今の名前「瀬戸市」は、1920年にあった瀬戸町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の瀬戸町が約9km²だったのに対し、今の瀬戸市は約110km²と、およそ11.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は愛知郡・東春日井郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東春日井郡は1970年(昭和45年)12月1日に廃止されました。

51920年の町村の数
6回合併・編入の回数
111km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

「瀬戸市」という名前

「瀬戸」の語源には、山あいの狭い所を指す「狭戸(せと)」とする説や、焼き物を作る所を意味する「陶所(すえと)」が転じたとする説などがあり、定説はありません。この地の古くからの地名「瀬戸」は、焼き物を広く指す「瀬戸物(せともの)」という言葉のもとになりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、東春日井郡に瀬戸村・赤津村・水野村、品野地区の上品野村・下品野村・掛川村が、愛知郡に幡野村・山口村が生まれました。瀬戸村は1892年(明治25年)に町制を施行して瀬戸町となります。1906年(明治39年)には幡野村と山口村が合併して幡山村が、上品野・下品野・掛川の3村が合併して品野村が発足しました。品野村は1924年(大正13年)に町制を施行して品野町となり、1925年(大正14年)8月25日には瀬戸町と赤津村、旭村の一部(今・美濃ノ池)が合併して改めて瀬戸町となりました。焼き物の町として人口が増えた瀬戸町は、1929年(昭和4年)10月1日に市制を施行して瀬戸市となります。その後、1951年(昭和26年)に水野村、1955年(昭和30年)に愛知郡幡山村、1959年(昭和34年)に品野町を編入し、ほぼ今の市域ができあがりました。平成の大合併には加わっていません。2005年(平成17年)の愛・地球博では、長久手町とともに会場の一つとなりました。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、東春日井郡に瀬戸村・赤津村・水野村(上・中・下水野村が合併)・上品野村・下品野村・掛川村、愛知郡に幡野村(本地村と菱野村が合併)・山口村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1892年1月29日明治25年瀬戸村が町制を施行し、瀬戸町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1906年5月10日明治39年愛知郡の幡野村と山口村が合併し、幡山村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1906年7月16日明治39年東春日井郡の上品野村・下品野村・掛川村が合併し、品野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1924年1月1日大正13年品野村が町制を施行し、品野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1925年8月25日大正14年瀬戸町・赤津村と旭村の一部(今・美濃ノ池)が合併し、改めて瀬戸町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1929年10月1日昭和4年瀬戸町が市制を施行し、瀬戸市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  8. 1951年5月3日昭和26年東春日井郡水野村が瀬戸市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  9. 1955年2月11日昭和30年愛知郡幡山村が瀬戸市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 1959年4月1日昭和34年東春日井郡品野町が瀬戸市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

瀬戸町→瀬戸市1892〜今
品野村→品野町1906〜1959
幡山村1906〜1955
水野村1889〜1951
赤津村1889〜1925

参考にした資料