今の豊川市
愛知県の東部にあるまちです。東部を豊川、西部を音羽川、中心部を佐奈川が流れ、市の南西部で三河湾に注ぎます。御津山周辺は三河湾国定公園、本宮山周辺は本宮山県立自然公園に指定されています。豊川稲荷の門前町から発展し、東三河では豊橋市に次ぐ人口を持ちます。春には佐奈川や桜トンネルの桜が街を彩り、夏には各地で祭りが開かれます。
今の豊川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で184,661人です。今の区域で数えた1980年の157,084人とくらべると17.6%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.4%です。
主な産業:施設園芸(バラ・大葉・いちご・シクラメン)、製造業、門前町の商業
特産品・名産
- とよかわバラ「とよかわブランド」の一つ。全国で出荷量・作付面積とも1位とされる
- とよかわ大葉市の農業生産額で1位の作物
- とよかわいちご昭和20年代から温室栽培が続く。県内で作付面積1位
見どころ・祭り
- 豊川稲荷(妙厳寺)市の中心部は、この寺の門前町から発展した
- 桜トンネル市役所近くの桜並木。3月下旬から桜まつり
- 風まつり(菟足神社)4月に手筒花火や山車が出る
- 三河国分寺跡三河国分寺跡・三河国分尼寺跡ともに国の史跡
- 財賀寺仁王門・金剛力士立像などが国の重要文化財
木クロマツ花サツキ豊川市の木・花
豊川市のなりたち
豊川市(とよかわし)は、愛知県東三河地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。豊津村・橋尾村・八幡村・国府町・牛久保町・金沢村・萩村・長沢村・赤坂町・三上村・大塚村・御油町・一宮村・御津村・小坂井村・豊川町です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の豊川市になりました。
今の名前「豊川市」は、1920年にあった豊川町の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の豊川町が約15km²だったのに対し、今の豊川市は約159km²と、およそ10.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は八名郡・宝飯郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宝飯郡は2010年(平成22年)2月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧牛久保町の区域には牛久保駅(飯田線)があります。旧小坂井村の区域には小坂井駅(飯田線)があります。
「豊川市」という名前
市名の「豊川」は、律令制の時代に宝飯郡にあった「豊川郷」に由来します。愛知県には「豊」の字が付く自治体名が多くありますが、その中で最も古いのが豊川で、8世紀の木簡にその名が見えるとされます。市の東部を流れる川も豊川(とよがわ)です。市の中心部は豊川稲荷(妙厳寺)の門前町として発展しました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、今の市域には宝飯郡の豊川村・牛久保村・国府村・御油村・赤坂村など21村と、八名郡の金沢村・豊津村・橋尾村・三上村が発足しました。明治のうちに牛久保・御油・国府・豊川・赤坂が町となり、1906年(明治39年)には村の統合で一宮村・八幡村・御津村・小坂井村などが生まれています。1939年(昭和14年)、豊川町・牛久保町・八幡村にまたがる土地に豊川海軍工廠が開かれ、1943年(昭和18年)6月1日に豊川町・牛久保町・国府町・八幡村が合併して豊川市が発足しました。昭和の大合併期には1955年に八名郡の三上村を、1959年に御油町を編入しています。一方、周辺では1955年に赤坂町・長沢村・萩村が合併して音羽町が生まれ、一宮村は八名郡の大和村や双和村の一部(金沢)を編入し、御津町は分割された大塚村の一部(大草・赤根)を加えました。平成の大合併では、2006年(平成18年)に一宮町、2008年(平成20年)に音羽町・御津町、2010年(平成22年)に小坂井町が編入され、宝飯郡は消滅しました。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、宝飯郡に御油村・赤坂村・長沢村・萩村・平幡村・穂原村・桑富村・本茂村・麻生田村・睦美村・豊川村・牛久保村・明子村・豊秋村・伊奈村・白鳥村・国府村・佐脇村・御馬村・御津村・大塚村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、八名郡に金沢村・豊津村・橋尾村・三上村がそれぞれ単独で村制を施行して発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年10月16日明治24年宝飯郡牛久保村が町制を施行し、牛久保町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1892年1月29日明治25年宝飯郡御油村が町制を施行し、御油町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1893年3月13日明治26年宝飯郡の国府村と豊川村がそれぞれ町制を施行し、国府町・豊川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1894年6月23日明治27年宝飯郡赤坂村が町制を施行し、赤坂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年宝飯郡で町村の統合が行われ、豊川町(豊川町・麻生田村と睦美村の大部分)・牛久保町(牛久保町・明子村と睦美村の瀬木)・御津村(御津村・御馬村・佐脇村)・一宮村(本茂村・桑富村)・八幡村(穂原村・平幡村)が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年9月10日明治39年宝飯郡の伊奈村・豊秋村が合併して小坂井村が、国府町・白鳥村が合併して改めて国府町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1920年8月1日大正9年八名郡の豊津村・橋尾村が合併し、大和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1926年9月12日大正15年宝飯郡小坂井村が町制を施行し、小坂井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1930年2月11日昭和5年宝飯郡御津村が町制を施行し、御津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1933年6月10日昭和8年豊橋市の一部(院之子町)が宝飯郡豊川町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1943年6月1日昭和18年宝飯郡の豊川町・牛久保町・国府町・八幡村が合併して豊川市が発足し、宝飯郡を離れた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年4月1日昭和26年八名郡の金沢村・賀茂村が合併し、双和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年八名郡大和村が宝飯郡一宮村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年宝飯郡の赤坂町・長沢村・萩村が合併し、音羽町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年八名郡双和村が分割され、金沢が宝飯郡一宮村に、賀茂が豊橋市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月12日昭和30年八名郡三上村が豊川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年10月1日昭和30年宝飯郡大塚村が分割され、大草・赤根が御津町に、大塚・相楽が蒲郡市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月1日昭和34年宝飯郡御油町が豊川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1961年4月1日昭和36年宝飯郡一宮村が町制を施行し、一宮町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2006年2月1日平成18年宝飯郡一宮町が豊川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2008年1月15日平成20年宝飯郡の音羽町・御津町が豊川市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2010年2月1日平成22年宝飯郡小坂井町が豊川市に編入され、宝飯郡は消滅した。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。