今の蒲郡市
愛知県の南東部にあり、南は三河湾に面し、ほかの三方を五井山・遠望峰山・三ヶ根山などの山に囲まれたまちです。三河湾に浮かぶ竹島は明治時代から景勝地として知られ、市内には4つの温泉郷のほか、テーマパークのラグナシアやボートレース蒲郡もある県内屈指の観光地です。温暖な気候を生かした「蒲郡みかん」の産地としても知られます。
今の蒲郡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で79,538人です。今の区域で数えた1980年の85,294人とくらべると6.7%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。
主な産業:観光、みかん栽培、三河織物
特産品・名産
- 蒲郡みかん温暖な気候を生かして栽培される名産のみかん
見どころ・祭り
- 竹島三河湾に浮かぶ島で、明治時代から景勝地として知られる
- 竹島水族館市内にある水族館
- 蒲郡クラシックホテル旧蒲郡ホテルの建物。近代化産業遺産・登録有形文化財で、城郭風の外観が特徴
- 海辺の文学記念館文人に愛された料理旅館「常磐館」ゆかりの記念館
- 西浦・形原・三谷の温泉市内に4つある温泉郷のうちの三つ
木クス花ツツジ蒲郡市の木・花
蒲郡市のなりたち
蒲郡市(がまごおりし)は、愛知県東三河地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。塩津村・三谷町・大塚村・形原村・西浦村・蒲郡町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の蒲郡市になりました。
今の名前「蒲郡市」は、1920年にあった蒲郡町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の蒲郡町が約23km²だったのに対し、今の蒲郡市は約56km²と、およそ2.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は宝飯郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、宝飯郡は2010年(平成22年)2月1日に廃止されました。
「蒲郡市」という名前
市名は、二つの村の名から一字ずつ取った合成地名です。1878年(明治11年)、宝飯郡の蒲形村と西之郡村が合併した際に、「蒲」と「郡」を取って蒲郡村としました。この2村は今の市の中心部にあたります。村名の読みは「かまごおり」でしたが、1954年に市となったときは「がまごおり」とされ、今もこの読みが使われています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、今の市域には宝飯郡の蒲郡村・三谷村・塩津村・形原村・西浦村・豊岡村・静里村・神ノ郷村・大塚村が発足しました。蒲郡村は1891年(明治24年)に、三谷村は1894年(明治27年)に町制を施行し、1906年(明治39年)7月1日には蒲郡町が豊岡村・静里村・神ノ郷村と合併して改めて蒲郡町となりました。形原村は1924年(大正13年)に、西浦村は1944年(昭和19年)に町となっています。戦後、豊川市が宝飯郡を離れて市となった影響で、郡内で最も人口の多かった蒲郡町を中心に市制の動きが起こりました。当初は西宝地区6町村での合併が望まれましたが、1954年(昭和29年)4月1日に蒲郡町・三谷町・塩津村の3町村が合併し、愛知県で15番目の市として蒲郡市が発足しました。その後、1955年10月1日に分割された大塚村のうち大塚・相楽が、1962年に形原町が、1963年に西浦町が編入されて、今の市域になりました。大塚村の残りの大草・赤根は御津町(現・豊川市)に入っています。1912年(明治45年)に竹島の対岸で料理旅館「常磐館」が開業すると、文人や政治家に親しまれ、蒲郡は観光地として知られるようになりました。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、宝飯郡に大塚村・三谷村・豊岡村・蒲郡村・静里村・神ノ郷村・塩津村・形原村・西浦村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年10月16日明治24年宝飯郡蒲郡村が町制を施行し、蒲郡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1894年12月10日明治27年宝飯郡三谷村が町制を施行し、三谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年宝飯郡の蒲郡町・豊岡村・静里村・神ノ郷村が合併し、改めて蒲郡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1924年4月1日大正13年宝飯郡形原村が町制を施行し、形原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1944年2月11日昭和19年宝飯郡西浦村が町制を施行し、西浦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年宝飯郡の蒲郡町・三谷町・塩津村が合併して蒲郡市が発足し、宝飯郡を離れた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年10月1日昭和30年宝飯郡大塚村が分割され、大塚・相楽が蒲郡市に、大草・赤根が御津町にそれぞれ編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1962年4月1日昭和37年宝飯郡形原町が蒲郡市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1963年4月1日昭和38年宝飯郡西浦町が蒲郡市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。