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常滑市とこなめし

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の常滑市になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の常滑市

知多半島西岸の中央部にあり、西は伊勢湾に面し、北は知多市、南は美浜町と接するまちです。常滑焼で知られる窯業のまちで、旧市街にはレンガの煙突が点在し、やきもの散歩道として整備されています。2005年には沖合の埋立地に中部国際空港が開港しました。水不足に悩んできた農業は、今は愛知用水に支えられ、伊勢湾では海苔の養殖が盛んです。

今の常滑市の区域の人口は、2020年の国勢調査で58,710人です。今の区域で数えた1980年の54,345人とくらべると8.0%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は25.5%です。

58,710人人口(2020年)
+8.0%1980年からの増減
55.9km²面積(国土地理院)
1,050人/km²人口密度
25.5%65歳以上の割合
58,7101980199020052020
15歳未満 14.7%15〜64歳 59.7%65歳以上 25.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:窯業(常滑焼・衛生陶器)、海苔の養殖、空港関連

特産品・名産

  • 常滑焼日本六古窯の一つ。最古・最大規模とされる
  • 一口香名産の銘菓

見どころ・祭り

  • やきもの散歩道登窯跡・土管坂・常滑市陶磁器会館などを巡る、窯業で栄えた旧市街
  • 尾張大野城跡市内の城跡
  • 大野海水浴場大野海岸。世界最古の海水浴場ともいわれる
  • 常滑りんくうビーチ空港対岸の人工海岸
  • 安楽寺知多四国霊場第60番札所

木クロマツ花サザンカ常滑市の木・花

常滑市のなりたち

常滑市(とこなめし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。三和村・鬼崎村・西浦町・小鈴谷村・常滑町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の常滑市になりました。

今の名前「常滑市」は、1920年にあった常滑町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の常滑町が約8km²だったのに対し、今の常滑市は約55km²と、およそ6.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は知多郡に属していました。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
56km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「常滑市」という名前

市名は土地の土壌に由来するとされます。「常」は「床」(地盤)、「滑」は「滑らか」を表し、古くからこの地では粘土層が地表に出ているところが多く、その滑らかな性質から「とこなめ」と呼ばれ、それが地名として定着したと説明されています。この粘土は常滑焼の原料にもなりました。ただし、古い文献で確かめられた説ではありません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、今の市域には大野町や常滑村など知多郡の15の町村が発足しました。常滑村は翌1890年(明治23年)に町制を施行して常滑町となり、1906年(明治39年)には村の統合が進んで、三和村(矢田・久米・金山)、鬼崎村(西ノ口・榎戸・多屋)、枳豆志村(樽水・西阿野・苅屋・古場)、小鈴谷村(小鈴谷・大谷・上野間・坂井)が生まれました。枳豆志村は1911年(明治44年)に町制を施行して西浦町と改称し、鬼崎村は1951年(昭和26年)、小鈴谷村は1952年(昭和27年)にそれぞれ町となっています。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)4月1日に常滑町・鬼崎町・西浦町・大野町・三和村の4町1村が合併して常滑市が発足し、1957年(昭和32年)3月31日には小鈴谷町のうち小鈴谷・広目・大谷・坂井を編入して今の市域になりました。小鈴谷町の残る上野間は美浜町に入っています。平成の大合併期には、知多半島5市5町の合併研究会、続いて知多南部2市4町の研究会が設けられましたが、近い将来の合併は見送られました。市名は窯業の中心だった常滑町の名を受け継いだもので、常滑焼は日本六古窯の一つに数えられます。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、知多郡に大野町・矢田村・久米村・金山村・西ノ口村・榎戸村・多屋村・常滑村・樽水村・西阿野村・古場村・苅屋村・大谷村・小鈴谷村・坂井村・上野間村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年12月17日明治23年知多郡常滑村が町制を施行し、常滑町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1906年5月1日明治39年知多郡の矢田村・久米村・金山村が合併して三和村が、西ノ口村・榎戸村・多屋村が合併して鬼崎村が、樽水村・西阿野村・苅屋村・古場村が合併して枳豆志村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1906年7月1日明治39年知多郡の小鈴谷村・大谷村・上野間村・坂井村が合併し、改めて小鈴谷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1911年12月10日明治44年知多郡枳豆志村が町制を施行するとともに改称し、西浦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1951年10月1日昭和26年知多郡鬼崎村が町制を施行し、鬼崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1952年7月1日昭和27年知多郡小鈴谷村が町制を施行し、小鈴谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1954年4月1日昭和29年知多郡の常滑町・鬼崎町・西浦町・大野町・三和村が合併して常滑市が発足し、知多郡を離れた。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1957年3月31日昭和32年知多郡小鈴谷町が分割され、小鈴谷・広目・大谷・坂井が常滑市に、上野間が美浜町にそれぞれ編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

常滑町→常滑市1890〜今
小鈴谷村→小鈴谷町1889〜1957
三和村1906〜1954
鬼崎村1906〜1954
西浦町1911〜1954

参考にした資料