今の一宮市
愛知県西部、濃尾平野のほぼ中央に位置し、犬山扇状地の西端にあたる平坦な土地です。木曽川の流れる北西は岐阜県に接しています。古くから織物の産地として知られ、尾州織物の中心地として「総合繊維産業都市」を名乗ります。真清田神社の門前町として栄えた市街地は、七夕まつりやモーニング文化でも知られ、名古屋圏の中核的な都市として商業・住宅も広がります。
今の一宮市の区域の人口は、2020年の国勢調査で380,073人です。今の区域で数えた1980年の335,465人とくらべると13.3%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.5%です。
主な産業:毛織物を中心とした繊維工業の産地。農業ではネギや切り干し大根など。
特産品・名産
- 尾州織物古くからの織物産地で、毛織物が中心
- 一宮モーニングモーニングサービス発祥の地とされる
- 切り干し大根冬の伊吹おろしを利用して作られる
- 千秋町のネギ千秋地区でネギ・鶏卵の生産が盛ん
見どころ・祭り
- 真清田神社尾張国一宮。市名の由来
- 一宮七夕まつり1956年に始まった市の夏の最大イベント
- 138タワーパーク木曽川沿いの公園。ツインアーチ138がある
- 三岸節子記念美術館市内の文化施設
- 旧林家住宅起宿脇本陣跡。尾西歴史民俗資料館別館
木ハナミズキ花キキョウ一宮市の木・花
一宮市のなりたち
一宮市(いちのみやし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。葉栗村・西成村・大和村・起町・朝日村・浅井町・丹陽村・今伊勢村・北方村・奥町・萩原町・千秋村・木曽川町・一宮町です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の一宮市になりました。
今の名前「一宮市」は、1920年にあった一宮町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の一宮町が約8km²だったのに対し、今の一宮市は約113km²と、およそ13.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中島郡・丹羽郡・葉栗郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、中島郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました、葉栗郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧木曽川町の区域には木曽川駅(東海道本線)があります。
「一宮市」という名前
「一宮」の名は、尾張国の一宮(その国でもっとも格式の高い神社)とされる真清田神社に由来します。門前町として栄えた市街地は「尾張一宮」とも呼ばれ、JRの駅名にもなっています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、中島郡の一之宮村と一色村が合併して一宮町が生まれました。同じころ、今の市域には中島郡・葉栗郡・丹羽郡にまたがって数十の村がありましたが、1906年(明治39年)の大規模な町村合併で、浅井町・北方村・葉栗村・黒田町(のちの木曽川町)・萩原町・起町・朝日村・今伊勢村・苅安賀村(のちの大和村)・千秋村・丹陽村・西成村などにまとまりました。一宮町は1921年(大正10年)9月1日に市制を施行して一宮市となり、1940年(昭和15年)には葉栗村と西成村を編入します。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)に浅井町・丹陽村(1月1日)、北方村・大和町・奥町・萩原町と今伊勢町の東部(4月1日)、千秋村(4月7日)が次々に一宮市へ加わりました。一方、起町と朝日村は同年1月1日に合併して尾西市となり、今伊勢町西部の開明も尾西市に入りました。平成の大合併では、2005年(平成17年)4月1日に尾西市と葉栗郡木曽川町が一宮市に編入され、葉栗郡はなくなりました。こうして、明治の町村制から数えて三つの郡にまたがった町村がすべて一つの市になっています。起・奥町・浅井・千秋・丹陽などの旧町村名は、今も地区の呼び名として使われています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、中島郡に一宮町(一之宮村と一色村が合併)・奥村・萩原村・起村・小信中島村・三条村・大徳村・玉野村・明地村・祐賀村・上祖父江村・神戸村・馬寄村・開明村・日光村・苅安賀村・高井村・妙興寺村・三輪村・新明村・中島村・稲保村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、葉栗郡に浅井村・瑞穂村・北方村・黒田村・里小牧村・玉ノ井村・大田島村・光明寺村・佐千原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、丹羽郡に九日市場村・二川村・三重島村・多加森村・豊富村・青木村・浮野村・幼村・浅渕村・赤羽村・穂波村・時之島村・豊原村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年11月18日明治26年丹羽郡豊原村の一部(島宮・上奈良)が東野村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1894年9月13日明治27年奥村が町制を施行し、奥町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1894年12月27日明治27年黒田村が町制を施行し、黒田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1896年2月24日明治29年起村が町制を施行し、起町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1896年萩原村が町制を施行し、萩原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1896年11月30日明治29年丹羽郡豊原村が瀬部村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1899年8月21日明治32年開明村の一部(宮後)が神戸村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1900年7月9日明治33年葉栗郡浅井村が町制を施行し、浅井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年丹羽郡の豊富村・青木村・浮野村と幼村の一部(加納馬場・芝原)が合併し、千秋村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年5月10日明治39年葉栗郡で、黒田町(曽根を除く)・里小牧村・玉ノ井村が合併して黒田町が、北方村と黒田町の曽根が合併して北方村が、浅井町と瑞穂村が合併して浅井町が、大田島村・光明寺村・佐千原村が合併して葉栗村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年5月10日明治39年中島郡で、萩原町・新明村と中島村・日光村の各一部が合併して萩原町が、苅安賀村・三輪村・妙興寺村・高井村と日光村・稲保村の各一部が合併して苅安賀村が、神戸村・開明村・馬寄村が合併して今伊勢村が、起町・小信中島村・三条村と大徳村の一部が合併して起町が、祐賀村・上祖父江村・明地村・玉野村と大徳村の一部が合併して朝日村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年丹羽郡で、九日市場村・二川村・三重島村・多加森村が合併して丹陽村が、浅渕村・赤羽村・穂波村・時之島村・瀬部村が合併して西成村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1907年丹陽村の一部(馬見塚)が西成村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1908年5月1日明治41年苅安賀村が大和村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1910年2月11日明治43年黒田町が木曽川町に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1921年9月1日大正10年中島郡一宮町が市制を施行し、一宮市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1940年8月1日昭和15年葉栗郡葉栗村が一宮市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1940年9月20日昭和15年丹羽郡西成村が一宮市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1941年5月10日昭和16年今伊勢村が町制を施行し、今伊勢町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1951年3月1日昭和26年大和村が町制を施行し、大和町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年丹羽郡丹陽村と葉栗郡浅井町が一宮市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年中島郡の起町と朝日村が合併し、市制を施行して尾西市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年葉栗郡北方村と中島郡の大和町・奥町・萩原町、今伊勢町の一部(馬寄・本神戸・新神戸・宮後)が一宮市に編入され、今伊勢町の残り(開明)は尾西市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月7日昭和30年丹羽郡千秋村が一宮市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年尾西市と葉栗郡木曽川町が一宮市に編入され、葉栗郡が消滅した。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。