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清須市きよすし

1920年には4の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の清須市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の清須市

愛知県の北西部、庄内川の下流域にある平らなまちで、ほとんどの地域が海抜10メートル未満です。戦国時代には織田信長の本拠・清洲城の城下町として栄え、江戸時代には美濃路の清須宿や枇杷島の市場でにぎわいました。市内には日本最大級の環濠集落とされる朝日遺跡があります。狭い市域にJR・名鉄などの駅が集まる交通の要所でもあります。

今の清須市の区域の人口は、2020年の国勢調査で67,352人です。今の区域で数えた1980年の61,138人とくらべると10.2%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は25.2%です。

67,352人人口(2020年)
+10.2%1980年からの増減
17.35km²面積(国土地理院)
3,882人/km²人口密度
25.2%65歳以上の割合
67,3521980199020052020
15歳未満 14.4%15〜64歳 60.3%65歳以上 25.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:名古屋近郊の住宅地・商工業、宮重大根

特産品・名産

  • 宮重大根名産・特産として挙げられる

見どころ・祭り

  • 清洲城(清洲城古城跡公園)織田信長の本拠地。清洲会議・清洲同盟の舞台
  • 朝日遺跡日本最大級の環濠集落
  • 美濃路清須宿美濃路の宿場町。1616年に置かれた伝馬所が始まり
  • 尾張西枇杷島まつり1802年に始まったとされる、山車が出る祭り
  • 小田井城1428年、織田敏定が清洲城の支城として築城

木ハナミズキ花桜・チューリップ清須市の木・花

清須市のなりたち

清須市(きよすし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。清洲町・新川町・西枇杷島町・春日村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の清須市になりました。

今の名前「清須市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の新川町が約5km²だったのに対し、今の清須市は約17km²と、およそ3.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は西春日井郡に属していました。

41920年の町村の数
6回合併・編入の回数
17km²今の面積
2009年いちばん新しい合併

「清須市」という名前

市名の「清須(きよす)」は、この地に古くからある地名です。14世紀中ごろの伊勢神宮領の記録『神鳳鈔』に見える「清須御厨」が最古の記載とされますが、諸説あります。表記は「清須」と「清洲」が混在しており、戦国・江戸以前の古い文献ほど「清須」が多く、明治以降は「清洲」が多くなる傾向があるといわれます。2005年の合併では「清須」の字が市名に選ばれましたが、その理由は確認できた資料には書かれていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の市域には西春日井郡の清洲町・西枇杷島町・新川村などの町村が生まれました。新川村は翌1890年に町制を施行し、1906年(明治39年)には新川町が桃栄町・寺野村・阿原村と、清洲町が朝田村・一場村と合併して、それぞれ一回り大きな町になります。同じ年に下之郷村と落合村が合併して春日村ができました。その後、清洲町は隣の大里村や甚目寺村(町)の一部を編入しています。昭和の大合併の時期には大きな合併はなく、清洲町・新川町・西枇杷島町・春日村が並んで続きました。春日村は1990年(平成2年)に町制を施行しています。平成の大合併では、2005年(平成17年)7月7日に西枇杷島町・清洲町・新川町が合併して清須市が発足し、2008年に設けられた合併協議会を経て、2009年(平成21年)10月1日に春日町を編入しました。市内の地名「須ヶ口」は清須城の外堀にあたり、「清須の入り口」を意味するといわれます。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、西春日井郡に西枇杷島町・清洲町・新川村・西堀江村・須ヶ口村・寺野村・阿原村・朝田村・一場村・下之郷村・落合村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年12月17日明治23年西春日井郡新川村が町制を施行し、新川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1900年9月28日明治33年西春日井郡西堀江村・須ヶ口村が合併して桃栄町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1906年4月1日明治39年西春日井郡新川町・桃栄町・寺野村・阿原村が合併して改めて新川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1906年7月16日明治39年西春日井郡清洲町・朝田村・一場村が合併して改めて清洲町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1906年7月16日明治39年西春日井郡下之郷村・落合村が合併して春日村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1909年10月1日明治42年中島郡大里村の一部(西市場)が西春日井郡清洲町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 1910年10月1日明治43年海部郡甚目寺村の一部(廻間)が西春日井郡清洲町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 1943年1月1日昭和18年海部郡甚目寺町の一部(土田・上条)が西春日井郡清洲町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  10. 1990年4月1日平成2年西春日井郡春日村が町制を施行し、春日町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  11. 2005年7月7日平成17年西春日井郡西枇杷島町・清洲町・新川町が合併して清須市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 2009年10月1日平成21年西春日井郡春日町が清須市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

清須市2005〜今
春日村→春日町1906〜2009
清洲町1889〜2005
新川町1890〜2005
西枇杷島町1889〜2005

参考にした資料