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あま市あまし

1920年には3の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今のあま市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今のあま市

愛知県の西部、濃尾平野にある平らなまちで、市内のほぼ全域が海抜ゼロメートル地帯です。七宝地区は江戸時代末期から続く七宝焼(尾張七宝)の産地で、刷毛づくりも地場産業として知られます。古い縁起をもつ甚目寺観音があり、戦国時代には蜂須賀正勝や福島正則といった武将がこの地から出ています。

今のあま市の区域の人口は、2020年の国勢調査で86,126人です。今の区域で数えた1980年の70,190人とくらべると22.7%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.7%です。

86,126人人口(2020年)
+22.7%1980年からの増減
27.49km²面積(国土地理院)
3,133人/km²人口密度
26.7%65歳以上の割合
86,8981980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 59.9%65歳以上 26.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:七宝焼・刷毛などの地場産業

特産品・名産

  • 尾張七宝七宝焼。経済産業大臣指定の伝統的工芸品
  • 刷毛地場産業。1970年に生産量日本一となった

見どころ・祭り

  • 甚目寺観音推古天皇の時代の創建を伝える縁起をもつ古刹。国指定の文化財を所蔵
  • 蓮華寺蜂須賀にある寺。庭園は愛知県指定の名勝
  • 七宝焼アートヴィレッジあま市の七宝焼の施設(あま市七宝焼アートヴィレッジ)

木ハナミズキ花ゆりあま市の木・花

あま市のなりたち

あま市(あまし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。甚目寺村・美和村・七宝村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今のあま市になりました。

今の名前「あま市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の甚目寺村が約11km²だったのに対し、今のあま市は約27km²と、およそ2.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は海部郡に属していました。

31920年の町村の数
5回合併・編入の回数
27km²今の面積
2010年いちばん新しい合併

「あま市」という名前

市名の「あま」は、3町が属していた海部(あま)郡の名をひらがなにしたものです。2009年(平成21年)7月24日の合併協議会で、応募の多かった「西名古屋市」「名西市」「海部市」と「あま市」「海東市」「西尾張市」の6つの候補の中から「あま市」に決まりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の市域には海東郡の甚目寺村・萱津村・正則村・篠田村などの小さな村が生まれ、翌年には宝村・井和村などへの合併や蜂須賀村への改称がありました。1906年(明治39年)7月1日に村々がまとまり、宝村・井和村・伊福村が合併して七宝村、正則村・蜂須賀村・篠田村が合併して美和村、甚目寺村・萱津村など7村が合併して新しい甚目寺村ができます。1913年(大正2年)には海東郡と海西郡が合わさって海部郡となりました。甚目寺村は1932年(昭和7年)に町制を施行します。昭和の大合併のころ、甚目寺町は1954年に名古屋市への合併を働きかけましたが、名古屋市が大きくなりすぎることを心配した愛知県が認めませんでした。その後、美和村は1958年、七宝村は1966年に町制を施行しています。平成の大合併では、2008年に大治町を含む4町で合併の研究が始まりましたが、大治町が抜け、2009年4月に3町の法定合併協議会が設けられました。こうして2010年(平成22年)3月22日に七宝町・美和町・甚目寺町が合併して、愛知県で37番目の市・あま市が誕生しました。愛知県の平成の大合併では最後の合併です。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、海東郡に甚目寺村・萱津村・森村・春富村・新居屋村・東今宿村・白鷹村・正則村・金賀木村・篠田村などの村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年10月1日明治23年海東郡安松村・遠島村・沖ノ島村が合併して宝村が、秋竹村・桂村・川部村・下田村が合併して井和村が、伊福村・鷹居村・下ノ森村・徳実村・鯰橋村が合併して改めて伊福村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1890年12月17日明治23年海東郡金賀木村が改称し、蜂須賀村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  4. 1906年7月1日明治39年海東郡宝村・井和村・伊福村が合併して七宝村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1906年7月1日明治39年海東郡正則村・蜂須賀村・篠田村が合併して美和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1906年7月1日明治39年海東郡甚目寺村・萱津村・森村・春富村・新居屋村・東今宿村・白鷹村が合併して改めて甚目寺村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1913年7月1日大正2年海東郡と海西郡が合併して海部郡となり、甚目寺村・美和村・七宝村は海部郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  8. 1932年8月1日昭和7年海部郡甚目寺村が町制を施行し、甚目寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 1958年1月1日昭和33年海部郡美和村が町制を施行し、美和町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1966年4月1日昭和41年海部郡七宝村が町制を施行し、七宝町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  11. 2010年3月22日平成22年海部郡七宝町・美和町・甚目寺町が合併してあま市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

あま市2010〜今
甚目寺村→甚目寺町1889〜2010
美和村→美和町1906〜2010
七宝村→七宝町1906〜2010

参考にした資料