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津島市つしまし

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の津島市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の津島市

愛知県の西部にあり、市域のほぼ全域が海抜ゼロメートル地帯です。木曽川の派川に面した湊町として鎌倉時代以前から栄え、天王信仰の中心である津島神社の門前町でもあります。近世には「信長の台所」と呼ばれる尾張国の商都でした。明治以降は紡績業のまちとして栄え、東洋紡の工場も置かれていました。

今の津島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で60,942人です。今の区域で数えた1980年の59,049人とくらべると3.2%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.3%です。

60,942人人口(2020年)
+3.2%1980年からの増減
25.09km²面積(国土地理院)
2,429人/km²人口密度
30.3%65歳以上の割合
65,5471980199020052020
15歳未満 10.9%15〜64歳 58.8%65歳以上 30.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:かつては紡績・繊維産業のまち。現在は商業・住宅が中心。

特産品・名産

  • あかだ・くつわ市の名産・特産の菓子
  • 麩まんじゅう市の名産・特産の饅頭
  • 宮きしめん津島名物として紹介

見どころ・祭り

  • 津島神社全国の津島神社・天王社の総本社
  • 尾張津島天王祭日本三大川祭の一つとされる。車楽舟行事は重要無形民俗文化財で、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つ
  • 堀田家住宅国の重要文化財
  • 津島神社門前町の街並み津島神社の門前に残る町並み
  • 神守一里塚佐屋街道で唯一現存する一里塚

木クロマツ花フジ津島市の木・花

津島市のなりたち

津島市(つしまし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。神守村・永和村・津島町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の津島市になりました。

今の名前「津島市」は、1920年にあった津島町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の津島町が約9km²だったのに対し、今の津島市は約25km²と、およそ2.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は海部郡に属していました。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
25km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「津島市」という名前

「津島」の名は古く、飛鳥京跡から「尾張海評津嶋五十戸」と書かれた木簡が出土していて、天武天皇7年(678年)のものとされています。飛鳥時代にはすでに津嶋という集落があったことになります。津島は鎌倉時代以前から木曽川の派川(天王川)に面した湊町として栄え、全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社、津島神社の門前町として知られてきました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、海東郡に津島村・向島村などを合わせた津島町が発足し、周りには神守村・百高村・益和村・越治村・野間村・神島田村などの村が生まれました。1906年(明治39年)には神守村など5村が合併して神守村に、千秋村・大井村・神島田村が合併して永和村になります。1913年(大正2年)に海東郡と海西郡が合わさって海部郡となり、1925年(大正14年)には佐織村の一部(古川)が津島町に編入されました。戦後の1947年(昭和22年)3月1日に津島町が市制を施行して津島市となり、1955年(昭和30年)1月1日に神守村を編入します。1956年(昭和31年)4月1日には永和村が分割され、東部の半右衛門新田・頭長・唐臼・鹿伏兎・中一色が津島市に加わりました(残りは佐屋町・十四山村・蟹江町へ)。津島は木曽三川を渡って尾張と伊勢を結ぶ「津島湊」として栄え、戦国時代には織田信定がこの地を押さえて織田氏の経済的な基盤となりました。旧神守村の地には佐屋街道の神守宿が置かれ、今も一里塚が残ります。平成の大合併では、周りの町村が愛西市などにまとまる中、津島市は合併していません。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、海東郡に津島町(津島村・向島村・中地村などが合併)と神守村・百高村・益和村・越治村・野間村・神島田村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1906年7月1日明治39年海東郡の神守村・百高村・益和村・越治村・野間村が合併して神守村が、千秋村・大井村・神島田村が合併して永和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1913年7月1日大正2年海東郡と海西郡が合併して海部郡が発足し、津島町・神守村・永和村は海部郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1925年4月1日大正14年海部郡佐織村の一部(古川)が津島町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  5. 1947年3月1日昭和22年津島町が市制を施行し、津島市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  6. 1955年1月1日昭和30年海部郡神守村が津島市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1956年4月1日昭和31年海部郡永和村が分割され、その一部(半右衛門新田・頭長・唐臼・鹿伏兎・中一色)が津島市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

津島町→津島市1889〜今
永和村1906〜1956
神守村1889〜1955

参考にした資料