今の小牧市
濃尾平野の北東部に位置し、市の中部と西部は平坦で、東部と北部は丘陵地です。市の中心には織田信長が築いた小牧山があり、山頂には小牧山城跡と歴史館が立ちます。市内の川は庄内川水系で、木津用水などが流れます。東名・名神・中央の3高速道路が接する交通の要所で、工場や物流拠点が多く、東部の桃花台にはニュータウンが広がる、工業と田園が同居するまちです。
今の小牧市の区域の人口は、2020年の国勢調査で148,831人です。今の区域で数えた1980年の103,233人とくらべると44.2%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は25.1%です。
主な産業:高速道路網を生かした製造業・物流が盛んで、農業では桃やエビ芋などが作られています。
特産品・名産
- しのおかの桃大正初めに旧篠岡村で栽培が始まった桃
- エビ芋粘りが強く煮崩れしにくいサトイモの一種
- 名古屋コーチン明治時代に市内の池之内で生まれたとされる地鶏
見どころ・祭り
- 小牧山城織田信長が初めて築いた城。続日本100名城
- 田縣神社豊年祭が有名で市の無形民俗文化財
- 大山廃寺跡国指定史跡の古代寺院跡
- 間々観音(龍音寺)「お乳のお寺」として知られる
木タブノキ花ツツジ小牧市の木・花
小牧市のなりたち
小牧市(こまきし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。篠岡村・味岡村・北里村・小牧町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の小牧市になりました。
今の名前「小牧市」は、1920年にあった小牧町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の小牧町が約17km²だったのに対し、今の小牧市は約62km²と、およそ3.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は東春日井郡・西春日井郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東春日井郡は1970年(昭和45年)12月1日に廃止されました。
「小牧市」という名前
市名は合併の中心となった小牧町の名を受け継いだものです。「小牧」の語源には二つの言い伝えがあります。昔は小牧山のあたりまで海が入り込み、船の人がこの山を目印に帆を巻いたことから「帆巻山」と呼ばれたという説と、中世にこの辺りで馬市が盛んに開かれ、馬(駒)が集まる地として「駒来」と呼ばれたという説です。どちらも確かな裏づけはありません。
まちの成り立ち
小牧は1563年に織田信長が小牧山に城を築いた地で、1584年の小牧・長久手の戦いでは徳川家康がこの山に陣を置きました。江戸時代には上街道(木曽街道)の小牧宿が置かれた宿場町でした。1889年(明治22年)の町村制施行で小牧町と周辺の村々が生まれ、1906年(明治39年)7月16日には、小牧町が外山・真々・境・和多里の4村と、味岡村が岩崎・久保一色の2村と合併し、大草・大野・池林・陶の4村は篠岡村にまとまりました。同じ日、西春日井郡では五条・小木・尾張・多気の4村が北里村となっています。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)1月1日に東春日井郡の小牧町・味岡村・篠岡村が合併して小牧市が発足しました。さらに1963年(昭和38年)9月1日、西春日井郡北里村が分割され、薬師寺地区を除く市之久田・小針・多気・小木・藤島などが小牧市に、薬師寺地区は師勝町(現・北名古屋市)に編入されました。平成の大合併には加わっておらず、これが今の市域の基本です。1965年(昭和40年)に名神高速道路の小牧インターチェンジが開業し、のちに東名・中央自動車道ともつながったことが、その後の工業・物流の発展を支えました。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、東春日井郡に小牧町(小牧村と小牧原新田が合併)・外山村・境村・和多里村・味岡村・岩崎村・久保一色村・陶村・池林村・大草村・大野村、西春日井郡に多気村・尾張村(小針村・市之久田村などが合併)・小木村(小木村と藤島村が合併)などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1894年1月23日明治27年境村の一部(間々・間々原新田)が分かれて真々村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1894年4月18日明治27年和多里村の一部(西之島)が境村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1900年7月16日明治33年西春日井郡の熊之庄村の一部(薬師寺)と小木村の一部(藤島)が分かれて、五条村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年小牧町・外山村・真々村・境村・和多里村が合併し、改めて小牧町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年味岡村・岩崎村・久保一色村が合併して味岡村が、大草村・大野村・池林村・陶村が合併して篠岡村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年西春日井郡の五条村・小木村・尾張村・多気村が合併し、北里村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年東春日井郡の小牧町・味岡村・篠岡村が合併し、市制を施行して小牧市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1963年9月1日昭和38年西春日井郡北里村が分割され、薬師寺地区を除く区域(市之久田・小針・多気・小木・藤島など)が小牧市に、薬師寺地区が師勝町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。