今の北名古屋市
愛知県の北西部、名古屋市の北隣にある平らなまちで、名古屋市のベッドタウンとされます。田畑も見られる一方、周りを名神高速道路や名古屋第二環状自動車道、名古屋高速道路などが囲み、道路の便に恵まれています。海抜が低く、2000年の東海豪雨では多くの浸水被害が出ました。市の歴史民俗資料館である昭和日常博物館などの文化施設があります。
今の北名古屋市の区域の人口は、2020年の国勢調査で86,385人です。今の区域で数えた1980年の69,078人とくらべると25.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.3%です。
主な産業:製造業、名古屋近郊の住宅地
見どころ・祭り
- 昭和日常博物館市の歴史民俗資料館の通称で、昭和の暮らしの品を展示
- ふるさと広場市の観光スポットとして挙げられる
- 文化の森物語の広場市の観光スポットとして挙げられる
- ゴールドポスト市役所東庁舎前にある東京オリンピックのゴールドポスト
- 九之坪城址戦国武将・簗田政綱の城跡
木モクセイ花ツツジ北名古屋市の木・花
北名古屋市のなりたち
北名古屋市(きたなごやし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。西春村・師勝村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の北名古屋市になりました。
今の名前「北名古屋市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の西春村が約10km²だったのに対し、今の北名古屋市は約18km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は西春日井郡に属していました。
「北名古屋市」という名前
市名は公募をもとに決まりました。応募は3,634件・1,001種類にのぼり、最終候補を絞ったうえで、2004年(平成16年)11月2日の合併協議会で「北名古屋」に決まりました。国内外では愛知の地名より名古屋のほうが知られていること、名古屋と結びつけたまちづくりを考えるべきことなどが理由とされています。それまでは西春駅などがあることから「西春」の名のほうが知られていました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の市域には西春日井郡の九之坪村・下拾箇村・上拾箇村・訓原村・鹿田村・六師村・熊之庄村が生まれました。1900年に熊之庄村の薬師寺が分かれて五条村(のちの北里村)に移り、1906年(明治39年)7月16日には訓原村・鹿田村・六師村・熊之庄村が合併して師勝村、九之坪村・上拾箇村・下拾箇村が合併して西春村となります。昭和に入ると、1961年(昭和36年)に師勝村が町制を施行し、1963年には北里村が分割されて薬師寺が師勝町に戻り、同じ年に西春村も町制を施行しました。平成の大合併では、まず西春日井郡の7町での合併が話し合われましたが、豊山町の離脱などで2003年に協議会は解散します。その後、師勝町と西春町の2町で協議を進め、2006年(平成18年)3月20日に合併して北名古屋市が発足しました。市役所は旧両町の役場を使う分庁方式です。今も西春駅や師勝中学校などに旧町の名が残り、地域を西春・師勝と呼ぶことも多くあります。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、西春日井郡に九之坪村・下拾箇村・上拾箇村・訓原村・鹿田村・六師村・熊之庄村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年7月16日明治33年西春日井郡熊之庄村の一部(薬師寺)が小木村の一部(藤島)とともに分かれて五条村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年西春日井郡訓原村・鹿田村・六師村・熊之庄村が合併して師勝村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年西春日井郡九之坪村・下拾箇村・上拾箇村が合併して西春村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月16日明治39年西春日井郡五条村・小木村・尾張村・多気村が合併して北里村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1961年4月1日昭和36年西春日井郡師勝村が町制を施行し、師勝町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1963年9月1日昭和38年西春日井郡北里村が分割され、薬師寺が師勝町に、残りが小牧市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1963年11月1日昭和38年西春日井郡西春村が町制を施行し、西春町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2006年3月20日平成18年西春日井郡師勝町・西春町が合併して北名古屋市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。