今の愛西市
愛知県の西端にあり、木曽川の西岸にも集落が広がるまちです。市域のほぼ全域が海抜ゼロメートル地帯で、全国有数のレンコンの産地として知られ、イチゴやトマトも特産です。江戸時代には佐屋街道の宿場・佐屋宿が置かれ、織田氏ゆかりの勝幡城の跡など戦国時代の史跡も残ります。
今の愛西市の区域の人口は、2020年の国勢調査で60,829人です。今の区域で数えた1980年の61,337人とくらべると0.8%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.7%です。
主な産業:農業(レンコン・イチゴ・トマトなど)
特産品・名産
- レンコン全国有数の産地。砂糖漬が名物
- イチゴ特産品として挙げられる
- トマト特産品として挙げられる
- 生姜その他の特産品
見どころ・祭り
- 佐屋宿1634年に置かれた佐屋街道の宿場
- 勝幡城織田信定が築いた城。織田信長の生誕地とする説がある(稲沢市にまたがる)
- 小木江城跡織田信興が城主で、長島一向一揆の際に自刃した城(古木江城とも書く)
- 赤目城横井氏の城跡
- 水鶏塚松尾芭蕉の句碑。1735年建立
木マキ花ハス愛西市の木・花
愛西市のなりたち
愛西市(あいさいし)は、愛知県尾張地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。市江村・永和村・八開村・佐織村・立田村・佐屋村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の愛西市になりました。
今の名前「愛西市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の立田村が約24km²だったのに対し、今の愛西市は約66km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は海部郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧永和村の区域には永和駅(関西本線)があります。
「愛西市」という名前
市名は、2005年(平成17年)の合併の際に公募などをもとに決められ、愛知県の「愛」と、県の西部にあることから「西」を取って「愛西」となりました。合併協議会では10の候補が諮られましたが、有効票の過半数を得たものがなく、上位の「愛西市」と「海西市」の決選投票で「愛西市」に決まりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制の施行で、今の市域には海東郡の勝幡村・佐依木村・八幡村などと、海西郡の開治村・八輪村・立和村・五会村などの小さな村が生まれました。1906年(明治39年)7月1日に村々がまとまり、海東郡に佐織村・佐屋村・永和村、海西郡に八開村・立田村・市江村ができます。1913年(大正2年)には二つの郡が合わさって海部郡となりました。佐織村は1939年(昭和14年)に町制を施行して佐織町となります。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に佐屋村と市江村の東側が合併して佐屋町が発足し(市江村の残りは弥富町へ)、1956年には永和村が分割されて大井・大野などが佐屋町に加わりました。立田村と八開村は村のまま続きます。平成の大合併で、2005年(平成17年)4月1日に海部郡の佐屋町・立田村・八開村・佐織町が合併して愛西市が発足しました。市域は津島市を囲むような形をしており、佐屋・立田・勝幡などの旧村の名は今も町名として残っています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、海東郡に諸古村・藤浪村・草場村・勝幡村・川淵村・佐依木村・八幡村・千秋村・大井村・神島田村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、海西郡に開治村・八輪村・六ツ和村・早尾村・五会村・立和村・川治村・市腋村・東市江村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年海東郡諸古村・藤浪村・草場村・勝幡村・川淵村が合併して佐織村が、佐依木村・八幡村が合併して佐屋村が、千秋村・大井村・神島田村が合併して永和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年海西郡開治村・八輪村と六ツ和村の一部(塩田)が合併して八開村が、六ツ和村の残り・五会村・早尾村・立和村・川治村が合併して立田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1906年7月1日明治39年海西郡市腋村の一部(西保・東保)・東市江村と十四山村の一部が合併して市江村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1913年7月1日大正2年海東郡と海西郡が合併して海部郡となり、佐織村・佐屋村・永和村・八開村・立田村・市江村は海部郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1939年11月3日昭和14年海部郡佐織村が町制を施行し、佐織町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年海部郡佐屋村と市江村の一部(西保・東保・西条・東条・本部田)が合併して佐屋町が発足し、市江村の残りは弥富町の新設に加わった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年4月1日昭和31年海部郡永和村が分割され、大井・鰯江新田・大野新田などが佐屋町に、残りが津島市・十四山村・蟹江町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年海部郡佐屋町・立田村・八開村・佐織町が合併して愛西市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。