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安城市あんじょうし

1920年には4の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の安城市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の安城市

愛知県の中南部、岡崎平野の中央にあり、矢作川の西岸に位置します。市の大半はなだらかな洪積台地で、南東部は矢作川や矢作古川がつくった沖積平野です。名古屋市の南東約30kmにあり、トヨタ自動車のある豊田市に隣接することから、自動車工業を中心とする第二次産業が市の中心産業です。明治用水の恩恵を受けた農業もさかんで、安城七夕まつりが最大の観光資源です。

今の安城市の区域の人口は、2020年の国勢調査で187,990人です。今の区域で数えた1980年の123,843人とくらべると51.8%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.2%です。

187,990人人口(2020年)
+51.8%1980年からの増減
86.05km²面積(国土地理院)
2,185人/km²人口密度
21.2%65歳以上の割合
187,9901980199020052020
15歳未満 14.9%15〜64歳 63.9%65歳以上 21.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:自動車工業が中心。農業ではイチジクなど。

特産品・名産

  • イチジク県下で最大の生産高
  • 和泉そうめん和泉町で作られる手延べ長そうめん。約3.6mで「日本一長いそうめん」とされる

見どころ・祭り

  • 安城七夕まつり毎年8月に開催。市最大の観光資源
  • 本證寺三河一向一揆の拠点。城郭寺院の遺構
  • 二子古墳4世紀初頭の前方後方墳。国の史跡
  • 安祥城安祥松平家(後の徳川氏)の居城跡
  • 安城産業文化公園デンパーク赤松町にある農業公園。道の駅を併設

木クロマツ花サルビア安城市の木・花

安城市のなりたち

安城市(あんじょうし)は、愛知県西三河地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。依佐美村・明治村・桜井村・安城町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の安城市になりました。

今の名前「安城市」は、1920年にあった安城町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の安城町が約40km²だったのに対し、今の安城市は約85km²と、およそ2.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は碧海郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、碧海郡は1970年(昭和45年)12月1日に廃止されました。

41920年の町村の数
2回合併・編入の回数
86km²今の面積
1967年いちばん新しい合併

「安城市」という名前

「安城」の地名は、安祥・安静・安詳・安城と字が移り変わってきたとされます(読みはいずれも「あんじょう」)。存覚の『袖日記』に「参河国安城照空房」とあり、古くから「安城」の字も使われていました。由来ははっきりせず、一説には京都の安祥寺の荘園があったからともいわれます。

まちの成り立ち

碧海台地は、かつて安城ヶ原と呼ばれる水の乏しい土地でしたが、1879年(明治12年)に明治用水が開通すると水田が広がり、1920年代から30年代には「日本デンマーク」と呼ばれる農業の先進地になりました。1889年(明治22年)10月1日の町村制施行で、今の市域には安城村・里村・桜井村・和泉村などたくさんの村が生まれます。1906年(明治39年)5月1日、安城村など8村と長崎村の篠目が合併して安城町が発足し、同じ日に桜井村・明治村・依佐美村もそれぞれ合併で生まれました。安城町は製糸業などで人口を増やし、1952年(昭和27年)5月5日に市制を施行して安城市となります。1955年(昭和30年)4月1日には明治村の東端・根崎・榎前・和泉・城ケ入・石井と、依佐美村の井杭山・二本木・高棚を編入し、1960年(昭和35年)1月1日には岡崎市の一部(宇頭西地区・河野町)が加わりました。1956年に町制を施行していた桜井町も1967年(昭和42年)4月1日に編入され、ほぼ今の市域ができあがります。その後はトヨタ系の自動車工業が盛んになり、平成の大合併では合併していません。

年表

  1. 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、碧海郡に安城村・里村・箕輪村・福釜村・赤松村・今村・古井村・平貴村・長崎村・桜井村・小川村・三ツ川村・藤野村・高棚村・根崎村・東端村・和泉村・城ヶ入村・志貴村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年10月20日明治23年碧海郡高棚村が分割され、榎前村と高棚村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1891年9月8日明治24年碧海郡藤野村の一部(東牧内・上佐々木・下佐々木・河野)が分かれて志賀須香村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  4. 1906年5月1日明治39年碧海郡の安城村・里村・箕輪村・福釜村・赤松村・今村・古井村・平貴村と長崎村の一部(篠目)が合併して安城町が、桜井村・藤野村・小川村・三ツ川村が合併して桜井村が、根崎村・東端村・和泉村・城ヶ入村・榎前村・米津村・西端村が合併して明治村が、高棚村・小垣江村・野田村・半高村などが合併して依佐美村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1952年5月5日昭和27年安城町が市制を施行し、安城市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  6. 1955年4月1日昭和30年碧海郡明治村の一部(東端・根崎・榎前・和泉・城ケ入・石井)と依佐美村の一部(井杭山・二本木・高棚)が安城市に編入された(明治村の残部は碧南市・西尾市、依佐美村の残部は刈谷市へ)。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1956年6月5日昭和31年碧海郡桜井村が町制を施行し、桜井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  8. 1960年1月1日昭和35年岡崎市の一部(宇頭西地区・河野町。旧矢作町の尾崎・柿碕・宇頭茶屋などの区域)が安城市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 1967年4月1日昭和42年碧海郡桜井町が安城市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

安城町→安城市1906〜今
桜井村→桜井町1889〜1967
依佐美村1906〜1955
明治村1906〜1955

参考にした資料