今の高浜市
三河平野の西南部、衣浦湾の東岸に広がる平らなまちです。標高5メートルほどの台地と、川沿いや海岸沿いの標高2メートルほどの低地からなります。対岸の知多半島・半田市とは衣浦大橋で結ばれています。地元の粘土を使った窯業が昔から盛んで、鬼瓦などの飾り瓦でも知られる三州瓦の主産地です。
今の高浜市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,106人です。今の区域で数えた1980年の31,548人とくらべると46.1%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は19.5%です。
主な産業:窯業(三州瓦・鬼瓦)
特産品・名産
- 三州瓦「日本三大瓦」の一つに数えられる。鬼瓦などの飾り瓦も有名
見どころ・祭り
- 高浜市やきものの里かわら美術館瓦をテーマにした美術館(図書館を併設)
- 春日神社の御馬塔祭り「おまんとまつり」と呼ばれる祭礼
- 観音寺(衣浦観音)衣浦観音で知られる寺院
- 専修坊・恩任寺浄土真宗の「浜の三か寺」に数えられる寺院
木クスノキ花キク高浜市の木・花
高浜市のなりたち
高浜市(たかはまし)は、愛知県西三河地方の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では高浜町でした。
1920年の時点で、この区域の町村は碧海郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、碧海郡は1970年(昭和45年)12月1日に廃止されました。
「高浜市」という名前
「高浜」という地名の由来は、市の公式な説明や確かな資料では確認できませんでした。衣浦湾岸の地形にちなむという説もありますが、根拠となる資料は示されていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行で碧海郡に高浜村・吉浜村・高取村がそれぞれ発足しました。1900年(明治33年)7月9日に高浜村が町制を施行して高浜町となり、1906年(明治39年)5月1日には高浜町・吉浜村・高取村が合併して改めて高浜町が生まれ、今の市域の形ができました。その後は昭和・平成の大合併を通じてほかの市町と合併することはなく、1970年(昭和45年)12月1日に市制を施行して高浜市となりました。同じ日に知立町も市制を施行したため、碧海郡はこのとき消滅しています。高浜は粘土を生かした窯業のまちで、江戸時代の1700年ごろに民家でも瓦が使われるようになって三河が瓦の産地になっていったとされます。春日神社の狛犬は1723年(享保8年)に高浜村の瓦屋が奉納したもので、この頃にはすでに瓦の専門業者がいたことがわかります。旧吉浜村・高取村の名は、今も地区名として残っています。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、碧海郡に高浜村・吉浜村・高取村がそれぞれ単独で村制を施行して発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年7月9日明治33年碧海郡高浜村が町制を施行し、高浜町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1906年5月1日明治39年碧海郡の高浜町・吉浜村・高取村が合併し、改めて高浜町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1970年12月1日昭和45年碧海郡高浜町が市制を施行して高浜市となり、これにより碧海郡は消滅した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。