今の郡上市
岐阜県のほぼ中央、飛騨高地の南に広がる山あいの市で、2004年に旧郡上郡の7町村が合併して生まれました。大日ヶ岳を源とする長良川が市域を南へ流れ、北部にはひるがの高原が開けます。中心の郡上八幡は城下町で、町じゅうに水路がめぐる「水の町」として知られ、名水百選第一号の宗祇水もここにあります。夏に延べ32夜にわたって踊り続ける郡上おどりには大勢の人が訪れ、冬は高鷲や白鳥などのスキー場がにぎわいます。食品サンプル製作の発祥地としても知られます。
今の郡上市の区域の人口は、2020年の国勢調査で38,997人です。今の区域で数えた1975年の52,985人とくらべると26.4%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。
主な産業:観光を中心とする第三次産業が主で、郡上おどりの時期や冬のスキー場に多くの客が訪れます。
特産品・名産
- 食品サンプル製作を初めて事業化した人物の出身地
- 明宝ハム明宝地域で作られるハム
- 郡上味噌地元の名産の味噌
- 郡上本染郡上に伝わる染物
- 鮎長良川などの川魚。塩焼や鮎雑炊で
見どころ・祭り
- 郡上おどり延べ32夜の盆踊り。国の重要無形民俗文化財
- 郡上八幡城1933年建設の木造模擬天守
- 宗祇水別名白雲水。名水百選の第一号
- 郡上八幡北町の町並み重要伝統的建造物群保存地区
- 阿弥陀ケ滝白鳥町にある日本の滝百選の滝
木もみじ花こぶし(タムシバ)郡上市の木・花
郡上市のなりたち
郡上市(ぐじょうし)は、岐阜県中濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、17の町村がありました。下川村・嵩田村・口明方村・川合村・西和良村・相生村・山田村・弥富村・西川村・北濃村・牛道村・石徹白村・高鷲村・奥明方村・上保村・和良村・八幡町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の郡上市になりました。
今の名前「郡上市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの17の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の奥明方村が約155km²だったのに対し、今の郡上市は約1,027km²と、およそ6.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は福井県大野郡・郡上郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、郡上郡は2004年(平成16年)3月1日に廃止されました。
この区域には、もとは岐阜県ではなかった土地も含まれています。福井県の石徹白村がそれで、県境を越えた合併(越境合併)によって岐阜県に加わりました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧相生村の区域には相生駅(長良川鉄道 越美南線)があります。旧山田村の区域には山田駅(長良川鉄道 越美南線)があります。旧北濃村の区域には北濃駅(長良川鉄道 越美南線)があります。
「郡上市」という名前
市名の「郡上」は、2004年(平成16年)に郡上郡の7町村が合併して市になった際、郡名をそのまま受け継いだものです。郡上郡は855年(斉衡2年)に美濃国武儀郡から分かれて置かれた古い郡で、地図の上で武儀郡の「上」(北)にある郡であることが名の由来とされています。郡は市の発足と同時に消滅しましたが、名前は市名として残りました。
「昭和33年には、福井県の石徹白村が白鳥町と越県合併しました。」── 郡上市「近代(明治・大正・昭和時代)」
まちの成り立ち
郡上市は、2004年(平成16年)3月1日に郡上郡の八幡町・大和町・白鳥町・高鷲村・美並村・明宝村・和良村の7町村が合併して生まれた、県内有数の広い市です。1889年(明治22年)7月1日の町村制で、郡上郡には八幡町と80を超える小さな村が置かれました。1894年(明治27年)に下洞村など11村が和良村にまとまり、1897年(明治30年)4月1日には高鷲村・北濃村・上保村・牛道村・山田村・弥富村・西川村・西和良村・相生村・奥明方村・口明方村・川合村・下川村などへの大きな統合が行われます。上保村は1928年(昭和3年)に町制を施行して白鳥町と改めました。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)に嵩田村と下川村が美並村に、八幡町と周辺4村が新たな八幡町にまとまり、1955年には山田村・弥富村・西川村が大和村となりました。大和の名は住民からの募集で決まり、大きく和して発展するようにとの願いが込められたといいます。1956年には白鳥町が牛道村・北濃村と合併しました。1958年(昭和33年)には、福井県大野郡の石徹白村が、県の進める合併に反発した末に自治庁の裁定を受け、2集落を除いて白鳥町に編入されるという県境を越えた合併も起きています。奥明方村は1970年に明方村、1992年(平成4年)には特産のハムの名にあわせて明宝村と改称しましたが、この改称は村を二分する議論となりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年福井県で町村制が施行され、大野郡の石徹白村など15村が合併して下穴馬村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、郡上郡に八幡町(八幡町と島谷村が合併)・嵩田村(上田村・山田村・高砂村が合併)と、大鷲村・鷲見村・長滝村・白鳥村・徳永村・剣村・相生村・寒水村・初音村・美山村・白山村・下洞村など80を超える村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1894年7月21日明治27年下洞村・法師丸村・三庫村・横野村・野尻村・宮代村・鹿倉村・土京村・宮地村・方須村・沢村が合併し、和良村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1896年福井県大野郡下穴馬村のうち旧石徹白村の区域が分かれて、石徹白村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年村の統合が行われ、郡上郡の村々が下川村・高鷲村・北濃村・上保村・山田村・牛道村・弥富村・西川村・西和良村・相生村・奥明方村・口明方村・川合村などにまとまった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1928年11月10日昭和3年上保村が町制を施行すると同時に改称し、白鳥町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年11月1日昭和29年嵩田村と下川村が合併し、美並村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年12月15日昭和29年八幡町・川合村・相生村・口明方村・西和良村が合併し、改めて八幡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月28日昭和30年山田村・弥富村・西川村が合併し、大和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年4月1日昭和31年白鳥町・牛道村・北濃村が合併し、改めて白鳥町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年大和村の一部(有坂)が八幡町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年10月14日昭和33年福井県大野郡石徹白村の一部(三面・小谷堂)が福井県和泉村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年10月15日昭和33年福井県大野郡石徹白村の残りの区域(上在所・西在所・中在所・下在所)が岐阜県郡上郡白鳥町に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
- 1970年4月20日昭和45年奥明方村が明方村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1985年11月1日昭和60年大和村が町制を施行し、大和町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1992年4月1日平成4年明方村が明宝村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 2004年3月1日平成16年八幡町・大和町・白鳥町・高鷲村・美並村・明宝村・和良村が合併して郡上市が発足し、郡上郡は消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。