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下呂市げろし

1920年には13の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の下呂市になりました。

13町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の下呂市

岐阜県の中部、飛騨地方の南部にあたる市です。市域のほぼ中央を飛騨川(益田川)が南へ流れ、馬瀬川や小坂川が合わさります。土地の大部分を山林が占め、川沿いの平地に農地や市街地が広がります。東には御嶽山がそびえ、小坂地区は滝の多い土地として知られます。有馬・草津と並ぶ日本三名泉の下呂温泉を中心に、温泉と渓谷、山の自然を生かした観光のまちです。

今の下呂市の区域の人口は、2020年の国勢調査で30,428人です。今の区域で数えた1975年の45,293人とくらべると32.8%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.6%です。

30,428人人口(2020年)
−32.8%1975年からの増減
851.21km²面積(国土地理院)
36人/km²人口密度
40.6%65歳以上の割合
45,2931975199020052020
15歳未満 10.7%15〜64歳 48.7%65歳以上 40.6%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:下呂温泉を中心とする観光・サービス業など第3次産業の就業者が最も多い市です。

特産品・名産

  • 鶏ちゃん味付けした鶏肉を焼く郷土料理
  • 朴葉寿司朴の葉で包んだ寿司
  • トマト丼トマトを使った名物丼
  • 龍の瞳下呂市の名産として知られる米
  • 一位一刀彫イチイ材を彫る伝統工芸

見どころ・祭り

  • 下呂温泉日本三名泉のひとつ
  • 下呂温泉合掌村合掌造りの民家を集めた施設
  • 巌立峡市内の渓谷の景勝地
  • 根尾の滝日本の滝百選(小坂地区)
  • 下呂の田の神祭国の重要無形民俗文化財

木もみじ花岩つつじ(さつき)下呂市の木・花

下呂市のなりたち

下呂市(げろし)は、岐阜県飛騨地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。東村・下原村・菅田町・竹原村・中原村・上原村・山之口村・川西村・小坂町・馬瀬村・萩原町・金山町・下呂村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の下呂市になりました。

今の名前「下呂市」は、1920年にあった下呂村の名前を受け継いでいます。ほかの12の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の下呂村が約46km²だったのに対し、今の下呂市は約848km²と、およそ18.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は大野郡・武儀郡・益田郡・郡上郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、武儀郡は2005年(平成17年)2月7日に廃止されました、益田郡は2004年(平成16年)3月1日に廃止されました、郡上郡は2004年(平成16年)3月1日に廃止されました。

131920年の町村の数
6回合併・編入の回数
851km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「下呂市」という名前

市名の「下呂」は、古代の駅の名に由来するとされます。『続日本紀』によると、美濃の菅田駅と飛騨の伴有駅の間が遠く険しかったため、宝亀7年(776年)ごろ、その間に「下留(しものとまり)」駅が新たに置かれました。この「下留」がやがて「げる」と読まれ、いまの「下呂」になったといわれます。2004年の合併の際には、公募で残った「下呂市」「益田(ました)市」「南飛騨市」の3案から、合併協議会の投票で「下呂市」が選ばれました。

「下呂市は平成16年3月1日に旧益田郡の萩原町、小坂町、下呂町、金山町、馬瀬村の5町村が合併して誕生しました。」── 下呂市「下呂市の概況」

まちの成り立ち

下呂市のあたりは、もともと益田郡という一つの郡でした。ただ、いまの市域には郡の外から加わった地域もあります。南部の金山は武儀郡、馬瀬川上流の東村は郡上郡、北部の山之口村は大野郡に属していました。

明治の町村制のあと、1897年(明治30年)に三郷村と宮田村が合わさって萩原村が生まれ、同じ年のうちに町になりました。小坂村は1898年に、下呂村は1925年(大正14年)に町となっています。

昭和の大合併では、1955年3月1日に武儀郡の金山町・菅田町、郡上郡の東村、益田郡の下原村という三つの郡にまたがる町村が合併し、益田郡の金山町が生まれました。同じ年の4月1日には下呂町・竹原村・上原村・中原村が合併して新しい下呂町となり、金山町は加茂郡白川町の田島地区を編入しました。1956年8月25日には萩原町・川西村と大野郡の山之口村が合併しています。こうして益田郡は、萩原町・小坂町・下呂町・金山町の4町と馬瀬村の1村にまとまりました。

平成の大合併では、この5町村が2004年(平成16年)3月1日に合併して下呂市が誕生し、益田郡はなくなりました。発足時の人口は約4万人で、市役所は旧下呂町役場に置かれました。新しい市の名には、温泉地として全国に知られる「下呂」が選ばれています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、益田郡に下呂村・小坂村・竹原村・中原村・上原村・下原村・川西村・三郷村・宮田村・馬瀬村(上馬瀬村と下馬瀬村が合併)が、大野郡に山之口村が、武儀郡に金山村・沙田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年7月1日明治22年川西村の一部(三原・少ヶ野)が下呂村に入った。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1890年12月17日明治23年武儀郡沙田村が菅田村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  4. 1890年12月27日明治23年武儀郡金山村が町制を施行し、金山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1896年11月20日明治29年菅田村が町制を施行し、菅田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1897年4月1日明治30年三郷村と宮田村が合併し、萩原村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1897年4月1日明治30年郡上郡の弓掛村・乙原村・祖師野村など7村が合併し、東村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1897年10月29日明治30年萩原村が町制を施行し、萩原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 1898年3月2日明治31年小坂村が町制を施行し、小坂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1925年1月1日大正14年下呂村が町制を施行し、下呂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  11. 1955年3月1日昭和30年武儀郡の金山町・菅田町、郡上郡の東村、益田郡の下原村が合併し、益田郡金山町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  12. 1955年4月1日昭和30年下呂町・竹原村・上原村・中原村が合併し、改めて下呂町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  13. 1955年4月1日昭和30年加茂郡白川町の一部(大字白山のうち田島)が金山町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  14. 1956年8月25日昭和31年萩原町・川西村と大野郡山之口村が合併し、改めて益田郡萩原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  15. 2004年3月1日平成16年萩原町・小坂町・下呂町・金山町・馬瀬村が合併し、下呂市が発足した。これにより益田郡はなくなった。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

下呂村→下呂町→下呂市1889〜今
小坂町1898〜2004
馬瀬村1889〜2004
萩原町1897〜2004
山之口村1889〜1956
川西村1889〜1956
金山町1890〜2004
東村1897〜1955
下原村1889〜1955
菅田町1896〜1955
竹原村1889〜1955
中原村1889〜1955
上原村1889〜1955

参考にした資料